太平洋戦争の考察
零式艦上戦闘機

 先の戦争のことについて思うところを述べてみました。艦長は右翼でも左翼でもありません。ご了解お願いいたします。

更新番号

題  名

発表期日
1 ミッドウェー海戦についてのこと 2001/02/08
2 最強戦闘機「零式艦上戦闘機」のことについて 2001/02/10
3 奮闘 零式戦闘機 2001/02/12
4 運命の兵装転換その1 2001/02/13
5 運命の兵装転換その2 2001/02/14
6 ミッドウェーの教訓 2001/02/15
7 零戦の秘密 2001/02/16
8 零戦の秘密 その2 2001/02/17
9 ガダルカナルの空 2001/02/24
10 真珠湾攻撃がなかったら 2001/03/04
11 仮想 中部太平洋大海戦 2001/03/09
12 三川艦隊の不可思議 2001/03/19
13 マリアナ沖海戦その一 2001/04/02
14 マリアナ沖海戦その二 2001/04/03
15 大和反転の謎 2001/03/20
16 Responseその1 2003/01/01
17 Responseその2 2003/02/06
18 羽生の宿 2001/08/12
19 暫定協定 2003/12/08
20 勝てば官軍・負ければ賊軍 2005/03/13

 

 

 

 

1 ミッドウェー海戦についてのこと

@ミッドウェー海戦でなぜ劣勢の米軍に空母4隻がやられてしまったのでしょうか?
Aそもそもなぜそんなところまで出張っていく必要があったのでしょか?
B何ゆえ、兵力の集中投入ではなく同時進行のダッチハーバー攻撃作戦が必要だったのでしょうか?
Cなぜ南雲艦隊(機動部隊)のはるか後方に主力艦隊がいたのでしょうか?
Dそもそも日本に戦争計画が(戦争目的)があったのでしょうか?

 戦争計画があったのなら、戦争終結について、はっきりとした線引きがあったはずです!
 こんなこと言うと、すぐ「軍国主義者」と罵られますが、戦争は「政治の延長」ですから、科学として、学問の対象になります。冷静に客観的に議論なり研究するものではないでしょうか?
 では、ここでは、ミッドウェー海戦で空母が沈められてしまった理由から入ることにしましょう。

 

 

 

2 最強戦闘機「零式艦上戦闘機」のことについて

 ミッドウェー海戦で空母が残念ながら沈められてしまった原因を考察する前に、考えてもらいたいことがあります。 戦争中ぼこぼこ軍艦や輸送船が沈められましたが、なぜなのでしょう? 弱かったからですか? そう、その通りだと思います。

 ミッドウェー海戦の後、軍艦・輸送船がガンガンやられ始めたのは、制海権を取れなかったからです。なぜ制海権が取れなかったのでしょうか?制空権を取れなかったからです。なぜ制空権が取れなかったのでしょうか?零式戦闘機が米軍の戦闘機を駆逐できなかったからです。

 要するに、制空戦闘機が弱かったから、という結論になります。どうですか?そう思いませんか?どうして制空戦闘機が弱かったのでしょうか。この1点に敗戦の理由が凝縮されているように私は思えてなりません。

 でも、この海戦の前までの海軍航空隊の戦闘機の性能とパイロットの錬度は、当時世界一の実力があったのではないでしょうか?元米国大統領ブッシュ(父のほう)が何かの演説の中で「アメリカは常に圧倒的に1番でなければならない。先の大戦の初期に現れたゼロ戦のように!」とかなんとかおっしゃっていたそうです。この大統領は海兵隊(海軍?)の攻撃機(雷撃機?)のパイロットで、なんと零戦に撃墜されてしまったそうです。当時、零戦と遭遇したら、絶対1対1のドックファイトはご法度で、逃げるか2機以上で対応せよと、米軍パイロットは命令されていたそうです。ゼロと遭遇することは自然災害と同一レベルで考えられていたんですね。そんな無敵機動部隊がやられてしまった・・ 結果的に米国に負ける戦争であっても、もうちょっとなんとかならなかったのかな?

 米国はその性能が知りたくて、墜落した零戦の機体の破片を細々かき集めては研究していたそうです。そんな優秀な制空戦闘機を多数擁したた空母4隻が海の中とは・・・

 

 

 

3 奮闘零式戦闘機

 戦争目的が陸軍と海軍とでは違っていたらしい。日本には軍隊が二つあって、互いに足を引っ張り合っていたんだからいかんともしがたいですね。兵器の規格まで違っていたのです。要するに、互換性がない場合が多かったようです。

 真珠湾での作戦目的は米国太平洋艦隊(空母も当然含まれる)を壊滅することであったのですが、結果は旧式戦艦を葬っただけで、空母は取り逃がしました。そして、ヒットアンドウェーでさっさと引き上げてしまったのです。 軍港自体を壊滅し本当に太平洋艦隊を叩きのめすのには軍港のメンテナンス施設をやっつけなければ意味がありません。ところが、南雲艦隊からの第2次攻撃隊は発進しなかったのです。ここでも、兵力の集中投入は見送られました。真珠湾を叩いて、その後、海軍は何をしようとしていたんでしょう?

 戦争目的がはっきりしていないから、ぐずぐずしている間にドゥーリットル爆撃隊に東京初空襲されて、やっぱり空母をやっつけなければダメなんだ・・それと、米国とオーストラリア分断のためにミッドウェー島を占領してやろう! よくわかりませんが、同時にダッチハーバー作戦があり(陽動作戦)日本海軍の兵力は二分されてしまいました。

 ここのところがよくわかりません。日本海海戦では連合艦隊はバルチック艦隊を撃滅するというただ1点の作戦目的で、もてる力をこの海戦に兵力を集中して運用しました。もし、敗れたらどうする、とは考えなくて良かったのです。敗れたら中国大陸にいた日本陸軍は補給の道を断たれて降伏するしか道がないし、露国に講和条約(降伏)を求めるしか道はなかったからです。ミッドウェー作戦ではミッドウェー島攻略と同時に米空母撃滅という二兎を追う作戦だったのでしょう。「二兎を追うものは一兎も得ず」ではなく、「一石二鳥」の考えですね。不幸にして前者の格言になってしまいましたが。

 優秀なパイロットを擁し、当時世界に比類のない制空戦闘機・零式艦上戦闘機と米国を上回る数の空母、護衛の戦艦部隊、まさに無敵艦隊と言っても良いでありましょう。でも、兵力の集中投入をしていれば、さらに多数の戦艦を機動部隊とともに行動させていれば、本当の無敵艦隊になったであろうに・・ なぜ?なぜ? 運が悪かったのでしょうか。それもあるでしょうが、、まったく悔しくなる結果です。「歴史に学ばなくてはならない」ということを考えさせてくれる、良きケーススタディであることは、間違いありません。

 

 

 

4 運命の兵装転換その1

 ミッドウェー海戦と言えば、有名な「兵装転換」があります。これこれ、これなんですよね。 いくさの最中の大混乱! どうなってしまったのでしょうか?二兎を追うものは一兎も得ず!作戦目的を1点に絞れなかった事が事態を複雑にさせたんだと、私は思います。

 聯合艦隊はミッドウェー島を攻撃すれば必ず米国空母部隊が出てくると思っていたようです。しかし、お粗末な索敵(偵察)で空母部隊はこの海域にいないと結果的に判断してしまいました。ミッドウェー島を攻撃しているとき、南雲機動部隊は攻撃機に雷装(魚雷を搭載すること)させていました。米国空母部隊を叩くために。

 米国側は聯合艦隊の攻撃がどこかということを事前に知っていました。どのようにして知っていたかは、ここでは扱いませんが、機密事項でもなんでもなかった。庶民さえ知っていたと言うほど情報統制にたるんだ態度を取っていたらしい模様。真珠湾攻撃のときに比べると雲泥の気の緩みでありました。要するに、敵をなめきっていました。米国は知っていました。だから、ミッドウェー島攻撃は奇襲でもなんでもない。強襲になってしまいました。

 攻撃隊は米軍の激しい対空砲火の応酬にさらされ、友永攻撃隊長は「第二次の攻撃の必要ありとみとむ」と打電。そこで機動部隊司令部は混乱してきました。雷装の攻撃隊を爆装(滑走路などに穴をあけたり、軍事施設を破壊するために爆弾を搭載すること)に転換するかどうか。索敵機からは敵空母発見の打電がない・・敵空母部隊はいないと、判断する方向に傾いていったのです。

 でも、真珠湾で打ちもらした太平洋艦隊の空母部隊を壊滅させるのが本来の作戦目的ではなかったのか?私はそう思いますが・・ここから混乱が始まりました。機動部隊司令部は爆装に転換させることに決定してしまいました。てんやわんやの大騒ぎの中で兵装転換!いざ、発進という時に索敵機から敵の空母発見の入電・・。そうこうしている間に米軍の攻撃隊が来襲。魚雷を積んだ雷撃機わらわらやってきました。しかし、雷撃機は1機も機動部隊に近づけませんでした。機動部隊援護の零戦に片っ端から海に叩き込まれてしまったからです。やっぱり零戦は強かった・・・。 さあ、いよいよ佳境に入ってきました!雷撃機というのは艦載機のことでしょう?空母がいるんですよ、敵の!機動部隊司令部も大慌て! 爆装攻撃隊をどうするか・・です!

 

 

 

5 運命の兵装転換その2

 やっぱり敵空母がいたのですね。 第一次攻撃隊長の入電で二次攻撃のため、雷装から爆装に兵装転換したあとに策敵機が敵空母発見! ここまでが前回までの考察でした。 敵空母から攻撃隊がやってくるのは必定!ミッドウェー島攻撃どころではなくなりました。 さあ、あなたならどうしましか?自分が指揮官だったらどう判断しますか? 機動部隊司令部は空母攻撃のために雷装に転換することを決断しました。全ての事象に運命の分かれ道が存在します。全部の準備を整えて発進させたかったのでしょうね。

 そうこうしている間に第一次攻撃隊が空母に帰ってきます。空母に収容させてから兵装転換作業という大混乱がまた始まりました。敵空母発見の入電があった直後、山口多門は爆装攻撃隊を直ちに発進させるよう司令部に意見具申をしたという話ですが、結果的にはこの方法でやれば良かったんだろうにと私も思います。後知恵ですけど・・陸上攻撃用の爆弾でも空母の飛行甲板を使用不可にすることができるだろうと思うのです。艦載機の離着陸ができなければもはや空母ではない。ゆっくり撃沈すれば作戦目的が達成できたのにな、と後世の人間は考えるのです。

 第1次攻撃隊の収容と兵装転換とで飛行甲板はごった返し、敵の攻撃があったり、てんやわんやの中、部隊援護の零戦は奮闘していました。 雷撃機が低空でバンバンやってきては突撃態勢に入るが、片っ端から撃墜・撃墜! がんばれ零戦! しかし、もうすぐしたら雷装転換した攻撃隊の準備ができようかという時に、はるか頭上から急降下爆撃機「ドーントレス」の攻撃! 危うし機動部隊! 援護の零戦隊は海面近くで雷撃機の攻撃で、すぐには上昇できない! ああ。機動部隊の運命やいかに! 零戦隊、何とかできないのか! あああ! 爆弾が放たれた! キューン〜!  ヤバイ!  飛行甲板には魚雷を抱いた攻撃機と兵装転換後の陸上爆弾がゴロゴロ。。弾薬庫丸出しだ!と、興奮するのは私ばかりではないでしょう。

 

 

 

6 ミッドウェーの教訓

 運命の1弾が旗艦「赤城」に炸裂! 「加賀」「飛龍」それに・・「蒼龍」・・この作戦に参加した正規空母4隻が一巻の終わり!旗艦「赤城」にいた南雲中将は生きて帰り、結局、サイパン島攻防戦で戦死することになります。船の上では死ねなかったのです。なんということでしょうか。

 パイロットも海の藻屑・・機械は厳しい経済状況の中でもまた、作ればいいですが、百戦錬磨のパイロットの消耗は、そう簡単には補充がききません。パイロットの養成には膨大な時間と費用がかかります。結局、この消耗が大きかったと思います。この一戦から連合軍(米国)の巻き返しが始まるのです。この海戦での教訓があるはずです。整理してみましょう。

1.航空戦専門の指揮官が機動部隊司令官ではなかった。適材適所の人事ではなかった。
2.情報統制に失敗した。暗号を解読されたのに気づかなかった。
3.作戦目的が絞れなかった。
4.策敵行動がおざなりであった。
5.大規模な戦艦部隊の援護が受けられなかった。
6.兵力の集中投入が行われなかった。両面作戦は結局兵力の分散になった。
7.敵をなめきっていた。
8.常に合理的な思考でなく、自分の都合のいいように物事を判断した。

 このことは、終始、大日本帝国海軍が壊滅するまで省みられることがなかったと思います。反省がいかされないことは・・・・・・戦後から始まったことではなく、昔からあった日本人の考え方なのでしょうか。

 

 

 

7 零戦の秘密

 ミッドウェー作戦は完敗におわりました。零戦も熟練パイロットも海の中・・・でも、まだ、零戦は優秀でした。しかし、その零戦の秘密が知れてしまう事態が発生してしまいました。ミッドウェー作戦と同時に発動されたダッチハーバー作戦で、参加した零戦の1機がアリューシャン列島のある島に不時着してしまったのです。着陸に失敗してひっくり返ってしまった・・着陸した場所が湿地帯でほとんど無傷だったようです。残念ながらパイロットは死亡してしまいました。パイロットの名前もわかっていますが、ここでは触れません。

 のどから手が出るほど零戦の性能を知りたかった米軍がこの事実を知り、放っておくはずがありません。早々回収して本国に送り、若干の補修をしてすぐ飛べるように直してしまいました。そこから性能テスト、テスト! とうとう常勝・零戦の秘密が暴かれてしまったのです。そこで、米軍が知りえたことは以下のようにまとめられると思います。勝手な思い込みかもしれません。間違いがあればご指摘いただけるとありがたいです。

1. 栄発動機(さかえはつどうき と読む エンジンのこと)が非力なため機体重量を極力抑えた設計である。(日本は最後まで2000馬力級の発動機を開発し、運用することができなかった。)
2. 骨組みがスカスカである。無理な上昇や急降下に対応できない。
3. 旋回性能が素晴らしい。ドックファイトはこれからもご法度。
4. 機体重量を軽減するために防弾装置がまったくない。燃料タンクが剥き出し状態である。
5. 20mm機関銃は強烈だが、多くの弾薬を積むことはできない。
6. 通信装備が貧弱で機能していない。

 結果、次のような装備と戦法を取れば零戦に対抗できることになります。

1. 上空からの急降下で一撃離脱戦法をとる。後ろにつかれたら急降下で逃げる。零戦は追いつくことが出来ない。
2. 20mm機銃は必要ない。多数の機関銃を装備する。一度に多数の銃弾を打ち込んで零戦の機体にあたれば火がつく。
3. 編隊で零戦にあたる。指揮官は無線で僚機に指示を出し、危険を回避する。

 こんなところでしょうか。零戦に対抗するための機体はグラマンF8Fベアキャットでありますが、この機体はこの戦争には間に合いませんでした。米軍はグラマンF4FやカーチスP40、エアーコブラなどの運用から、グラマンF6FやF4Uコルセア、P51ムスタングなどに順次変更していきました。しかるに、零戦は零戦のままであり、次期主力戦闘機の開発は遅れに遅れ、とうとう、零戦に代わる制空戦闘機は終戦まで間に合いませんでした。なぜ間に合わなかったのかは、機会があれば述べてみたいと思いますが・・無理かな(笑)

 

 

 

8 零戦の秘密 その2

 優秀なパイロットを多数失った海軍航空隊でした。そして零戦の弱点をつかんだ米軍は次第に零戦隊を圧倒し始めました。それ以上に零戦を窮地に追い込んだのは、零戦戦闘機隊の運用方法です。零戦は艦上戦闘機です。空母に載せて運用するのが基本です。空母がやられてしまって、作戦計画が立てにくかったのも事実ですが。陸上基地において零戦を使うような計画が多くなったのが、見過ごせませんが・・この件は今回は省略します。また、零戦の航続距離が長かったのも逆にあだになったような気がします。

 かの有名な「ガダルカナル攻防戦・ソロモン海海戦」をケーススタディにすると、いかに日本が
不思議な戦法をとったかがわかります。ラバウル基地から、はるか離れたガダルカナル島まで米軍基地を攻撃するため、はるばる飛んでいって、おまけに空戦までやって帰還しなければならない・・それも燃料ギリギリでやるのですから、非常に辛い話です。この話をすると長くなるんで、今日のところは結局、零戦がなぜ弱くなってしまったのか、結論を考えて見ましょう。最初に申し上げたようにように、戦闘機が弱いから制空権が取れず、よって制海権も取れず軍艦や輸送船が沈められ、補給も途絶え有効な作戦計画が立てられず、ジリ貧となってしまったのですが・・以下のようにまとめます。

1. 零戦の性能が米国に完全な形で漏れ、対策を立てられてしまった。
2. 優秀なパイロットがミッドウェー海戦で消耗してしまった。
3. ムチャなガダルカナル航空戦でミッドウェー海戦で生き残った優秀なパイロットを含め、多くのパイロットを大量に消耗してしまった。
4. 消耗したパイロットを補充する計画が貧弱で短期養成したパイロットを前線に投入しなければならなくなり、結果的に大量のパイロットの消耗につながった。悪循環が更なる悪循環を呼んだ。
5. 新型の発動機を開発する技術がついに日本には確立できなかった。

 それぞれの項目でのナゼ?に考察していくと日本敗戦の理由が浮かび上がってきます。零戦が弱かったから日本は負けたんだということが理解できると思います。ケーススタディに最適な「ガダルカナル攻防戦・ソロモン海海戦」について考察する必要があるでしょう。これこそ作戦目的はどこにあったのか。兵力の集中投入がまたしてもおざなりになり、ずるずると海軍航空隊のパイロットを消耗させる墓場でもあったのです。

 

 

 

9 ガダルカナルの空

 兵力の集中投入!これがこの戦争では、日本は出来ませんでした。それに、米国と開戦したはよいが、どのように戦争を終わらせるかがハッキリしません。兵力の集中をするのであれば、何も真珠湾まで行って派手に暴れ、空母の威力を米国に見せつけなくてもよかったのではないでしょうか。英国とオランダだけに宣戦布告するオプションもあったのではないでしょうか?東南アジアの石油を分捕って、なおかつ米国の利害地域には進攻しない。なにも機動部隊の実力を米軍に見せることはない。ひょっとしたら米国はあっけらかんと旧式戦艦部隊の太平洋艦隊が旧式戦闘機などを載せた空母機動部隊を連れて、のこのこ中部太平洋に出てきたかもしれません。まさにそのとき、聯合艦隊は兵力を集中投入できたと思います。例の日本海海戦のときみたいに。考えただけでも、わくわくしませんか?米国太平洋艦隊は木端微塵だったでしょう。もう米国は太平洋を押し渡ってくることが、当分出来ません。でも、それから先・・日本は何をするのでしょうか。結局、戦争目的がなかった・・と言うことになるのでしょうか。

 かの「ガダルカナル島の基地」は最初、日本海軍航空隊の水上機基地として設営され、大本営はその島の存在すら知らず、海軍が勝手に滑走路を作ったらしい。それを察知した米軍が、ここが太平洋戦争の要地と認識し、大軍で占領したのです。あわてた日本が奪回作戦をするのですが、敵を見くびりすぎ相手が大軍かも知れないと言うことを思考から意識的に外す・・合理的に判断したのではありません。「わーっとやれば、ヤンキーはに逃げるだろう!」という勝手な希望的観測で作戦が立案され・・小部隊を派遣したらあっという間に全滅!じゃ、中部隊では、で、全滅! やっと大部隊を上陸させますが、させるだけで補給ができない。米軍は大部隊で制海権を握り日本の補給を成功させないようにする。そこで、例の公式が当てはまります。なぜ、制海権が握れないのか?制空権が握れないからだ!なぜ、制空権が握れないのか?残念ながら、戦闘機が弱かったからです。この時はすでに、零戦の秘密が米軍に筒抜けです。また、零戦の航続距離を最大限に計算し、あとは気合で乗り越えろ?という大本営の作戦の過ちとあいまって、零戦はぎりぎりのところで戦う羽目になりました。空母機動部隊ではなく、ラバウルの陸上基地から零戦は過酷なガダルカナルの消耗の空に向けて、飛んでいったのです。

 制空権がなかなか取れない!制海権もままならない。上陸した陸軍部隊に補給ができない!阿鼻叫喚の世界が展開されました。飛行場の奪回は日本陸軍の専売特許の万歳突撃!大失敗!失敗に次ぐ失敗。輸送船は決まって撃沈されてしまう。生き残りの日本の兵隊さんのなんとかわいそうなことか!奪回するんだと、断固たる決意があったなら・・大和を先頭にして、聯合艦隊の無傷の空母機動部隊と大戦艦部隊がガダルカナル島の米軍基地目がけてドカドカと主砲を撃ちまくって粉砕していたら・・ガダルカナル攻防戦は日本陸海軍の勝利になったかもしれません。所詮、後知恵のことですが・・兵力の集中さえしていたら、零戦もあれほど消耗しなくてもよかったのでは?熟練パイロットが少なくなり、弱みを握られた零戦を未熟なパイロットが操縦桿を握り、その弱点を知った米軍パイロットが一撃離脱戦法で零戦を上空からのダイブで火を吹かせて撃墜する・・というお決まりのシーンが増えていきました。悲しい出来事・・残念です。

 

 

 

10 真珠湾攻撃がなかったら

 真珠湾攻撃がなかったとしたらどのようになっていたのか、これほど興味深いものはないでしょう。なぜなら、当面、米国と戦争しなくても済むからです。石油はオランダから分捕れば良いでしょう。米国の権益を損ねるような真似さえしなければ良いのです。米国は米国から宣戦布告できないのですから。なぜなら、ルーズベルト大統領は決して戦争を致しませんと言って当選したのですからね。だから、英国がドイツにメタクソにやられているときでさえ援軍を差し向けることはできませんでした。チヤーチルから矢の催促をされても動けなかったのです。ドイツはドイツで絶対米国の艦船を攻撃しないよう、Uボートの艦長に厳命してあったそうです。

 そんな時、日本が真珠湾を攻撃したものだから、狂喜乱舞のホワイトハウスであったろうと思われます。日本が米国に宣戦布告をしたことについてヒットラーはさぞかし、驚愕したことでしょう。ドイツはなにも米国に宣戦布告しなくてもよい立場でしたが、日本の顔を立てて?、米国に宣戦布告をしました。仁義を持っていたのでしょうか?

 オランダと英国だけに宣戦布告すれば良かったのだと思います。そうすれば真珠湾まで行って大艦巨砲主義を根底から覆さなくてもよいことになります。手の内を見せなければ、相手は発想を転換しない。聯合艦隊は相手の艦隊が太平洋のどのあたりに来るのかを考えていればよいことになります。日本海海戦の時のように・・・

 あまりにも航空機の威力を見せ付けたのが真珠湾攻撃でした。米国は大艦巨砲主義をあっさりとなげうって、航空母艦と艦上機を大量に生産したのですから。

 

 

 

11 仮想 中部太平洋大海戦

 真珠湾攻撃がなかったと仮定します。オランダと英国に宣戦布告した日本は、石油資源を確保し、英国艦隊を撃滅して一応防御態勢を築くとします。しかし、このシナリオは長期持久戦の態勢であります。そもそも日本に長期持久戦ほどそぐわない戦略はありません。長くなればなるほど、休戦交渉ができにくくなるからです。日本のシナリオは短期決戦です。結局、米国との戦争は避けられなかったのかも知れませんが、米国太平洋艦隊を中部太平洋で捕捉、撃滅することしか休戦交渉を有利に導く方法しかないのです。その際、米国の要求をある程度飲んでも良いではないかとも思います。国土が焦土と化すよりよっぽど良い。原爆は当然開発され実戦配備されるでしょうから。ハル・ノートの一部か大半を飲むポーズを見せ、継続交渉に引きずりこめばよかったのでは? と思うのですが・・全て後知恵ですけどね。さて、どのような経緯で米国と交戦状態に入るかは、別の機会で考察することして、ここでは、米国太平洋艦隊が機動部隊を引き連れて中部太平洋に進攻してきたという想定で考えてみることにしましょう。

 当時の米国海軍は大艦巨砲主義の塊でした。戦艦こそが一番であると思っていましたし、日本には絶対負けないと思っていましたが、大和や武蔵の存在を把握していませんでした。零戦についても、どのような性能の戦闘機か知る由もありません。中国戦線方面で新型の高性能戦闘機の出現の情報を得ていたようですが、「ジャップが飛行機の操縦をすることなど、できるものか!」くらいの認識しかなかったようです。日本側は哨戒線を張り、聯合艦隊の初めての対米国戦のため情報管制は実際の真珠湾攻撃時以上に完璧なものであったろうと想像できます。そして、迫りくる米国太平洋艦隊を完全に捕捉できたでしょう。オレンジ計画では、米国は艦隊を日本の方向に突進させるのですから。捕捉されて当然です。

 この海戦で敗れたらそれまでです。まさに、「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ!」 この日のためにこそ!!聯合艦隊の持てる力を集中投入するのです。大和の46cm主砲の射程距離は米国の戦艦の比ではなく、完全なアウトレンジで一方的に攻撃できたでしょう。相手の砲弾は大和に届かないのですから。まず、機動部隊空母群を屠り、戦艦の主砲で相手戦艦を沈め、残存艦隊を巡洋艦や駆逐艦の必殺酸素魚雷で壊滅させる。日本海海戦の時のようなパーフェクトゲームで終わるでしょう。この結果、米国は日本に対して有効な攻撃は相当な期間、できなくなります。完全に中部太平洋は日本の内海となるでしょう。しかし、いつまでもこれを維持してゆくのは至難の技です。そこで、休戦交渉です。それしか日本の選択肢はあり得ないのです。

 このような日のためにこそ海軍は膨大な予算をつぎ込んで艦隊を維持し、そして、日ごろの猛訓練をしてきたのではないでしょうか。負けたらそれまでで、負けたときのことを軍人は考えなくても良いのです。戦闘行動以上に何を責任を取れと言うのでしょう?軍人に・・その他のことは政治の問題です。そうは思いませんか?しかし、政治を軍人がやっていたのですから、「なにをかいわんや」ですけどね。

 

 

 

12 三川艦隊の不可思議

 昭和17年8月8日、第一次ソロモン海海戦の「三川艦隊」の活躍は、いくつかあったガダルカナルの海戦で完全勝利を収めた稀有の例でした。

 第八艦隊司令「三川軍一中将」率いる巡洋艦主体の艦隊は、夜戦で相手巡洋艦の艦隊を完膚なきまでに叩き潰しました。米国がこれほどまでに叩きのめされるのは、真珠湾攻撃以来のことかも知れません。ほとんどの軍艦が砲撃と必殺酸素魚雷で全滅に近い打撃を受けました。三川艦隊はガダルカナル島に停泊していた補給輸送船団を壊滅させるため、夜間に殴り込みをかけたのです。ボーっとしている補給船団の護衛艦隊を発見すると、日ごろ鍛えた夜戦訓練の成果を遺憾なく発揮し、パーフェクトに殲滅しました。相手艦隊はなすすべもなく、海の藻屑と消え去りました。よって、米国において「三川軍一」の名前は、永久に残ることとなりました。日本ではほとんど忘れ去られています。

 三川艦隊の作戦目的は相手輸送船団を壊滅させることでした。しかし、この海戦後、三川艦隊は夜が明けてからの、相手の航空機の攻撃を恐れ、輸送船団を目の前にして反転してしまいます。輸送船団は無事で、結果的にガダルカナル島の米軍は完全な補給を受けることが出来たのです。もし、この時、三川艦隊が自分の艦隊の損害をこうむるであろうことを承知の上で、作戦目的を達成させるべく砲撃をしていたら、裸の輸送船団を完全に壊滅出来たかも知れません。米軍は三川艦隊の米国艦隊への攻撃について、後に賞賛を惜しみませんでしたが、さっさと引き上げたことについては、なんとも不思議な戦法だったと、首を傾げたということです。 なんとも残念ではないですか。作戦目的が達成されていたら、まさにこのとき、ガダルカナルの戦いは違った方向に行っていたことでしょう。

 なんとも不思議でしたが、不思議の最たるものは捷一号作戦の「大和のレイテ海戦における謎の反転」です。ご存知ですか?栗田長官は戦後、多くを語らず世を去られましたが。作戦目的がこうも無視されたという見本です。聯合艦隊の組織的な作戦はこれ以後ついぞありませんでした。この件については項目を改めて述べてみたいと思います。

 

 

 

13 マリアナ沖海戦その一(昭和19年 6月)

 マリアナ沖海戦は「マリアナ沖の七面鳥撃ち」と米軍の兵士たちに言われました。鉄砲で七面鳥を簡単に撃ち殺すことができるような楽な戦闘だったと言うことです。この場合の七面鳥とは「あ」号作戦小沢中将第一機動艦隊の攻撃隊の戦闘機・攻撃機・急降下爆撃機の各日本機です。ああああ。悲劇の日本パイロット達よ!無念であったでしょうね。あなた方は勇敢に戦いました。あなた方に一点の非はありません。戦争計画があやふやな大本営にすべての非があるのです。テクノロジーに無理解な作戦中枢の輩たち、センサーを人間自身でまかなえという「かけごえ」の前では論理的・合理的な考えはすべて排除されてしまったのです。

 サイパンがスプールアンス大将率いる米第五艦隊に蹂躙され、これを撃退すべく出動した小沢長官率いる聯合艦隊機動部隊との大海戦が起ったのです。小沢艦隊が初めに米機動部隊を発見!小沢長官必殺の「アウトレンジ戦法」が成功するすべての条件が日本側にありました。すべての日本攻撃隊の艦載機の航続距離が米軍側のそれより上回っているので、敵の射程外から攻撃できる理想の戦法です。小沢中将は勝利を確信!しかしスプールアンス艦隊は小沢機動部隊、いや、聯合艦隊司令部でさえ想像もしなかった新装備をして待ち伏せをしていました。それは次のものです。

1. 日本側のものより遥かに高性能のレーダー
2. レーダー照準で全ての火器を集中砲火させるシステム(CIWS)
3. VT信管の砲弾(信管自ら電波を出し、敵を感知すると自動的に爆発する)
4. グラマン「F6F」新型戦闘機の集中投入(零戦はまったく歯が立たなかった)

 この四点です。とにかく戦闘機の集中投入が物凄い!日本の未熟なパイロットたちに何とかしろと言っても、どだい無理な話だったのです。負け戦は何をやっても裏目に出るのでしょうか。

 

 

 

14 マリアナ沖海戦その二

 スプールアンス艦隊の射程外から小沢艦隊から発進した攻撃隊250数機は、長い道のりを経て疲労の色が濃く、練度が未熟なパイロットには大変辛いことであったろうと推測できます。アウトレンジ戦法のため米軍からは小沢艦隊は攻撃されない。理想の戦法であるがソフトウェアーがついていかない。そこに第一の作戦上の狂い(第一の誤算)があったと思います。

 さあ、いよいよ米軍艦隊までの距離200Kmというところで米軍の高性能レーダーに補足され、スプールアンスは次のような布陣します。戦法は新型艦上戦闘機グラマンF6Fをなんと約450機を集中投入しての待ち伏せです。なんと450機もの戦闘機だけを空母群から発艦させたのです。この集中投入が素晴らしいではないですか!小沢攻撃隊が米軍艦隊の100km近くまで来た時、F6F全機の迎撃ダイブ戦法の集中攻撃を浴びました。火を噴く零戦!艦爆!艦攻!あああ!どれもこれもF6F戦闘機に叩き落されていきました。この素晴らしい性能の戦闘機のこれほどまでの集中投入を予見できませんでした。ここに第二の誤算があったのです。戦闘機の集中投入はさすがに合理的な考え方だとおもいませんか?

 それでもこの攻撃の中を突破した攻撃隊は米軍艦隊に迫って行きます。頑張れ攻撃隊!思わず応援したくなるではないですか!しかし、スプールアンスは空母を中心として、周りを戦艦・巡洋艦などでぐるりと配置した「輪型陣」で布陣させています。空母の中に入ってくる攻撃機を集中砲火で撃退する!そこで活躍するのがVT信管付砲弾のレーダー照準対空射撃システムです。これが、第三・第四の誤算であったのです。死角がまったくありません。バタバタと叩き落される日本攻撃隊!米軍のテクノロジーの勝利した瞬間です・・・

 スプールアンスは、テクノロジーの進歩を日本に充分見せ付けました。これほどワンサイドゲームになってしまうほどテクノロジーとは素晴らしくもあり、恐ろしですね。小沢攻撃隊は全滅に等しいくらいに壊滅してしまいました。母艦まで生還した日本機は数えるくらいであったとか・・

 攻撃隊を壊滅させたスプールアンス艦隊が小沢艦隊を見逃すはずはありません。見敵必殺!古来からの格言通り、今度は距離を詰め攻撃可能範囲内に到達した米国機動部隊の攻撃です。結果、小沢艦隊は散々な目に遭い、聯合艦隊機動部隊は壊滅し、とうとう立ち直れなかったのです。そして、サイパンはB29の発進基地となりました。その後の聯合艦隊は機動部隊を中心とした作戦が困難になり、レイテ海戦のような有様となるのです。この海戦で亡くなられた若きパイロット・将兵達に、合掌。

 

 

 

15 大和反転の謎(昭和19年 10月)

 レイテにおける「捷一号作戦」の作戦目的は、フィリピンを奪還しようとするマッカサーの補給船団を壊滅させることであったと思います。聯合艦隊の主力艦がレイテ湾に殴り込みを敢行し、輸送船団を叩きのめすのです。そのために日本はあらゆる犠牲を払ってでも主力艦隊(栗田艦隊)をレイテ湾に突入させるため、ただこの一点にすべての作戦行動が立案されました。おとりの機動部隊を投入して米軍の機動部隊を誘い出し、その隙を突いて戦艦大和を筆頭に(武蔵はレイテにたどり着く前に撃沈されてしまったが)主力艦隊が突き進むのです。神風特別攻撃隊は作戦が有利に運ぶように、初めて編成されました。作戦行動は日本の思惑通りに行く一歩手前まで行ったのです。

 ハルゼー機動部隊は、おとりの小沢機動部隊に誘い込まれてレイテを離れました。レイテ湾は輸送船団だけになってしまったのです。小沢機動部隊はハルゼーの攻撃で大損害を出しましたが、誘い出すことに成功したのです。レイテ湾はガラ空きです。米軍主力艦隊と誤認した栗田艦隊の攻撃を受けた米軍の護衛空母群は、大慌てでハルゼーを呼び戻します。さあ、レイテの輸送船団の運命は風前の灯火・・46cmの主砲が唸りをあげて船団を壊滅させる、と米軍兵士は誰もが神を呪ったことでしょう。ハルゼーは慌てて戻ろうとしますが、もはや間に合わない!これぞサムライの意地でしょう!栗田艦隊は結局、ハルゼーの航空兵力によってレイテの海に沈む運命でしょうが、作戦目的は達成されます。マッカサーの計画は頓挫する。これほどうまくいくとは!

 ところが、戦艦大和座上の栗田健男司令長官は、レイテ湾突入をやめて反転してしまうのです。何故?大和をレイテに突入させるために、どれだけの日本兵の命が犠牲になったのでしょうか。栗田長官!何故なのですか?戦後、さまざまな形で非難されましたね。長官は多くを語らず鬼籍入られてしまいましたが。残念です。でも作戦が成功していたら、マッカサーのフィリピンでの侵攻計画が遅れ、終戦が8月以降に延びる結果となり、ソ連が北海道を占領して「日本共和国」が存在してしまったなんてことが、可能性を考えたらあり得ない話でない。その意味では、これでよかったのかも知れませんが。

 大本営の要請と聯合艦隊の希望が食い違っていた。この一点に尽きると思います!日本があってこその聯合艦隊なのに。聯合艦隊があって日本があるのでは決してありません。国家の意思がレイテ湾突入なら国家の意思に(命令)に従うのが軍隊でしょう。艦隊決戦よりも輸送船団の壊滅でしょう?土壇場で艦隊決戦を優先させる作戦行動をとるとは・・どのように考えたらよいのでしょうか?大本営も「レイテの中で沈め」と何故、栗田艦隊に引導をはっきりと渡さなかったのでしょうか?「聯合艦隊は相手戦艦と砲撃戦をやりたい。大和は相手戦艦に主砲を撃ち込みたいのだ。結局、栗田艦隊はただその一点が行動論理だった。」と、それが自己目的化し、国家がないがしろにされのかも知れないと私はそう思うのです。

 いよいよ、レイテ湾に突入と言うところで北方に敵主力艦の発見との電文?(これがよくわからない。なんだったんだろう)を信じ、反転してしまう。救われたのは米軍輸送船団!何が起こったのかわからないが、とにかく救われたのだ!やはり神のご加護は我々にはあると、信仰心を深めた将兵が多かったことでしょう。栗田艦隊は当然、相手主力艦と遭遇できず、日本に戻ります。聯合艦隊は名前だけになり、沖縄戦で沈むまで大和は不要となったのです。

 不要にならなかったのが「特攻」です。零戦は「明日という言葉が不要な空」に飛んでいったのです。

 

 

 

16 Responseその1 (2003/1/1 若麟さん)

ミッドウェー海戦について

 まずは一点目。雷爆転装について詳しく書かれていますが・・・。実は、第2次攻撃隊の発進が遅れたのは雷爆転装だけが原因ではありません。当時「赤城」に航空参謀として座乗していた故・源田實氏によると、「『敵空母見ユ』という電報が入ってから発進までに時間をかけたのは雷爆転換もあるが、戦闘機をつけてやろうと思って上空にいた戦闘機をおろして燃料や機銃弾を補充していたため攻撃隊の発進が遅れた。敵の雷撃機が戦闘機なしのハダカで来て前記撃墜されているのを見て、味方の雷撃機をハダカのまま出すには忍びなかった」とのことです。これは意外に知られていないのではないでしょうか。

 二点目。アリューシャン(作戦地名AO)への兵力分散は、次のような理由で行われた。

1. アメリカの大型爆撃機の基地を作れないようにするため
2. 陽動作戦で敵艦隊をおびき出す

たしかにアッツやキスカにボーイングB29スーパーフォートレスとまでは言わないまでも、ボーイングB17フライングフォートレスやコンソリデーテッドB24リベレーター、マーティンB26マローダー等の基地ができたら日本の一部(北海道〜千島列島)が爆撃圏内に入るということは間違いではない。しかしながら、アッツやキスカにそんな大型爆撃機の基地を作るのは地形上無理があるので、やはり結果論にはなるが北方作戦はムダだったといえるだろう。もしこのときアリューシャン方面に分遣されていた制式空母「龍驤」軽空母「隼鷹」がいたなら、ミッドウェー海戦はもう少し違った展開になっていたのではないでしょうか。

 三点目。旗艦「赤城」が敵艦載機の攻撃を受けて戦闘不能となったとき、あるいは艦隊司令長官の南雲忠一中将が戦死した場合、艦隊の指揮権は重巡「利根」に座乗していた阿部弘毅少将に移行しますが、巡洋艦に乗っていては航空戦の指揮は取れません。通信能力が空母と比べて弱いせいです。ただ、阿部少将は航空戦の指揮をとった経験がなかったので、果たして通信能力の高い艦に乗っていたとしても結果的には指揮は取れなかったでしょうが。でも、解決策はあります。「飛龍」の山口多聞少将です。阿部少将の方が山口少将よりも先任の少将なので指揮権が阿部少将に移行するのですが、もしも大日本帝国海軍が先任序列の考えを改めていたら、こういう問題は問題ではありません。

 四点目、これは指摘です。運命の1弾が旗艦「赤城」に炸裂! 続いて「加賀」「飛龍」「蒼龍」に炸裂!と書かれていますが、これは誤りです。まず、急降下爆撃機によって「赤城」「加賀」「蒼龍」が被弾、赤城と加賀はかなりのダメージを受けて沈没したが、蒼龍は航空甲板をやられていたもののそれ以外の被害は少なく、航行可能でした。しかしながら、アメリカ潜水艦による魚雷を3発受けて沈没したのです。その後、無傷で残った山口多聞少将の座乗する「飛龍」も航空機を発進させますが、やはりアメリカ軍空母の艦載機による攻撃を受け、沈没します。

※この指摘を受け、6のミッドウェーの教訓は修正してあります。管理人の発表記事は最初、このアンダーラインのような内容でした。

 

 

 

17 Responseその2 (2003/2/6 石上さん)
 
大東亜戦争の敗因について

 私なりに考えてみました。最大の原因として戦略のない官僚制度を挙げたいと思います。日本軍は巨大な官僚組織でした。海軍の海兵何期卒というのは何年度入省という今のキャリア官僚と何ら変わりません。海軍は12月に人事異動が行なわれたそうですが、昭和16年12月には開戦があり、結局翌年6月のミッドウェー海戦直前に人事異動が行なわれることになったそうです。第二航空戦隊の指令部でも半数以上が入れ代わったそうです。このため山口司令官は慣れない参謀は相手にしなかったようです。
(もしかすると最上と三隈の衝突の遠因も不馴れな人事配置にあるのかもしれませんね。)

 基本的に2、3年程度でポストからポストへ渡り歩く官僚制度では長期的なそして大局的な戦略をたてようという動機付けがあろうはずもありませんし、個々人の責任をとるという制度ではありませんから無責任な部分も出てきます。このため栗田提督のような戦場とは反対の方向に行く癖のある人を年功序列に従って泊地に突入する艦隊の指揮官にしてしまったのです。先のお話にもありましたように誰が先任かということが、誰が指揮する方が合理的かということより優先されたのも元は同じことでしょう。このような不適材不適所の例は外交官を全く専門と違う国の大使に年功序列で任命する外務省で今でもよく見られます。もちろんこのような人事を行なっているのはキャリア組です。彼等は自らが下した結果に責任を持とうとしない場合が多く、実際栗田提督も自決もせず、何も語らないという無責任としか思えない一生を終えました。

 翻って日露戦争を考えますとこの時の指揮官は多くは戊辰戦争からの叩き上げで、当たり前ですが、後に出現するキャリア組とは全く異なります。なかでも陸軍の児玉源太郎大将は戦勝のためには何が重要かプライオリティを考えていたようですし、旅順攻略戦でも必要な時に乃木将軍に代わって指揮を執り、戦術的にも成果を挙げています。しかも彼は内務大臣を辞めて、格下の陸軍参謀次長に就任しています。自らの地位なんかよりも国の事を考えた結果ではないでしょうか。

 第三次ソロモン海戦も官僚制度の悪弊の結果と言えるかもしれません。石渡幸二氏も「ソロモンの海に消えた戦艦霧島」(中公文庫「軍艦物語」収載)の最後に「いまさら繰り言をいっても詮無いが、ただひとつ、ほとんど確信をもって言えるのは、米軍なら、必ずや『大和』を、この修羅場に投入していただろうということである。」と述べていますが、まさしくその通りと思います。どうして新鋭艦を投入しなかったかと考えますと新鋭艦を喪失した場合にはさすがに責任を追求されると考え、危険をおかさなかったからだということになるでしょう。艦隊決戦でなく、雑魚相手だと経歴に傷がつくということもあったかもしれませんね。あるいは天下りと同じように新鋭艦艦長を大事なポストと考え、失いたくなかったという考えもあるかもしれません。
 
 海軍では敗因の一つにダメージコントロールの観念のなさを挙げることができると思いますが、これも官僚制度に起因する疑いがあります。第一次世界大戦のジュットランド沖海戦では英軍では戦艦、巡洋戦艦合わせて3隻が轟沈したのに対し、独軍では轟沈はなく、沈没も被弾後大分時間が経ってからのことでした。米軍はこれに習ってダメージコントロールを徹底して行ない、日本軍であれば沈むほどの被害でも大破で済み、被害を限局するように努めていました。これに対して日本ではそのような観念がなかなか生まれてきませんでした。官僚は自分にとって都合のよい展望をたてる傾向があります。チェックされるという機会が原則としてありませんから、展望や計画に恣意が入りやすいのです。平時にはそれでもあまり問題にはなりませんが、非常時には容赦なく不測の事態が起こります。もともと都合のいい事態を考えていた場合は勿論対応できません。

 また、このダメージコントロールはオペレーションリサーチの問題でもあります。日本軍はどうも客観的に戦いを分析するということが不得手だったようです。これも官僚が自分に都合のいい分析を行なった疑いが強いと思います。砲術屋は航空機が活躍するという状況を受け入れ難かったでしょうし、水雷屋は夜戦がレーダーの進歩で成り立たなくなるという状況は受け入れ難かったでしょう。現在でも官僚は自らの省易にならない予想は行なわないことが多く、このため予想外の(予想したくなかった)出費が嵩むこともしばしばです。

 全ての軍人がそうだったとはいいませんが軍の中を官僚的な雰囲気が覆っていて、敗戦をもたらした大きな要因になったのは間違いないと思います。

※まさしく、正鵠を射た御意見です。(管理人)

 

 

 

18 羽生の宿

 今日(2001/8/12)、NHKテレビでの番組でPM6:10〜「課外授業・思い出を弦の響きに」という番組を偶然見ました。天満敦子さんというバイオリストが、母校の小学校で児童たちにバイオリンを介した授業を行う番組です。その課題曲ともなったのが「羽生の宿」でした。私は、その曲を聴いて思わざるを得ませんでした。「ビルマの竪琴」です。インパール作戦のことを。

 インパール作戦。詳細は省きますが、兵站を無視した司令官個人の思惑のために、日本兵がどのような末路をたどったのか。皆さんはご存知ですか?「白骨街道」とはよく言ったものです。退却する日本の兵隊の亡骸がそこかしこに朽ちていったのです。何でこのようなむちゃくちゃな作戦計画が承認され、実行に移されたのでしょうか。「牟田口廉也」この将官のことを私たち日本人は忘れてはなりません。合理的判断が全くできなかった、恥ずべき人間です。インターネットでこの名前をコピーし、検索エンジンで検索してみてください。インパール作戦の詳細が本を読む以上に手に取るように理解できるでしょう。この人間を擁護する論理のお持ちの方は是非、お話を聞かせてください。

 自分の都合の良いように作戦計画を立て、実行部隊の司令官から反旗を翻されたにも関わらず、解任してあくまで作戦を遂行をさせようとしたのです。世が世なら公開処刑ものと思われます。戦後も生き長らえて、この作戦を正当化しようとした・・・この行為も犯罪そのものですよ。最初から実行不可能な作戦だったのに・・何でこんな無謀な作戦がまかり通ったんでしょう?補給がなければ実行部隊は動きが取れないことぐらい、小学生でもわかります。補給のことなんか鼻から計算しないか、最初から無視しているこの非常識!ヤ〜っと勇ましく掛け声をかければ、ジャングルから食料や弾薬が湧いて出てくるとでもいうのでしょうか。

 この司令官の下に作戦は当然のごとく失敗し、日本軍の敗走が始まります。哀れな日本兵たちよ・・・。そんななかのことを描いたのが「ビルマの竪琴」です。その中でイギリス軍に包囲された部隊が隊長の指揮で「羽生の宿」を歌う。それを聞いたイギリス軍の兵隊も一緒に歌うのです。感動しました。これを感動と呼べないのなら、何を持って感動という言葉を定義したらよいのか教えてください。

 日本の兵隊さん!最低な司令官の常軌を逸した作戦に引きずり出された挙句、白骨をさらけ出し、ビルマの土になった多くの将兵の皆さん!日本人はこのことを皆・・忘れかけています。少なくとも今日、私は皆さんのことを思います。皆さんの魂は日本に帰って来ることが出来たと・・そう願わずにはいられません。

 偶然聞いた「羽生の宿」でこのことを急に思い出し、、家族が近くにいなくて神(信じる神は無いけど)に感謝しました。流れる涙を見られなかったことをです。

 

 

 

19 暫定協定

 日米開戦前の日本の暗号解読技術は相当に、貧弱だったと考えていたのですが、そうではなかったらしい。最近、知ったことです。日本の暗号解読技術は優秀だったらしい。仮想敵国の暗号は解読できていたのです。東郷茂徳外相は、全てを知っていた可能性があります。

 日米交渉で日本は、乙案という最終案を米国に提示しました。すなわち、日本はインドシナに対し、これ以上進攻しないかわりに、米国は石油輸出禁止を解除すると言うことです。米国の国務長官コーデル・ハルは「暫定協定」として、この案を受け入れるべく・・奔走した模様です。この「暫定協定」の内容を時の外務省は知っていたらしいのです。「暫定協定」の内容は日本の示した乙案と同じような内容であったという。だから、東郷外相は東条内閣にとどまっていたと言えるでしょう。

 ここからが問題です。ハルは同盟国に「暫定協定」を説明して理解を求めました。しかし、中国の駐米大使は強行に反対しました。それはそうでしょう。この「暫定協定」が有効になった瞬間に中国は見捨てられたも同然で、日本に蹂躙されてしまうでしょう。石油が輸出再開されたら、日本は中国から撤退する理由がなくなるのです。

 間髪いれずに、蒋介石の巻き返しが始まります。チャーチルに電報を打つ・・チャーチルからルーズベルトに中国よりの政策を取るように電報が打たれる・・ハルは中国大使に理解を求めようとして奔走する・・駐米大使の野村に乙案の米国側の返答を延ばしに延ばす・・ 焦った、野村大使は本国に状況を知らせますが、東郷外相は黙して語らず。なぜなら、乙案に沿った米国側の「暫定協定」が示されることを暗号解読で知っていたからです。ここが日本人らしい!黙して語らず・・

 本当のことはわかりませんが「暫定協定」を提示する直前に大日本帝国海軍は、インドシナに艦隊を南下させました。ルーズベルトは「日本は信用できん!」そして、「暫定協定」は撤回され、「暫定協定」が野村大使に渡るはずだったのが現実は「ハル・ノート」であったと言うことです。石油輸出解禁の文字は微塵にもなく、挙句に、中国大陸から全兵力を撤退せよとのこと。黙して語らなかった東郷外相は青天の霹靂!そして戦争内閣の一員となり、戦後、東京裁判において事後法により有罪と言う天災に見舞われたのです。「暫定協定」がもしも、「ハル・ノート」にかわって日本に提示されていたら、対米戦争はなかったかも知れません。そして、日米両国やアジアのあれほど多くの人間の命が露と消えることもなかったのでは?と思うのです。

 

 

 

20 勝てば官軍・負ければ賊軍

 3月10日は東京大空襲の60周年で、メディアも結構取り上げていました。10万もの日本人が死んだ空襲です。サイパン・グアムを占領した米国は滑走路を作りB-29爆撃機による日本の軍事施設を目標に、高々度からの爆撃を開始しました。湾岸戦争やこのあいだのイラク戦争でのピンポイント爆撃など想像もできなかった時代ですから、多くの爆撃機が出撃し、目標の軍事施設めがけて爆弾を当てるには、大量の爆弾をばら撒くしか方法がなかったのです。結果はさっぱり。結局、司令官は更迭され、「カーチス・ルメイ」が司令官になりました。目標は低空爆撃の焼夷弾攻撃による相手国の戦意喪失を狙い、日本人を焼き殺すこと。要するに無差別爆撃ですね。低空爆撃ですから日本の戦闘機の迎撃を激しく受ける状況になり、対空砲火による被弾も増え、B-29爆撃機の損害が多くなるにつれて護衛の長距離戦闘機の発進基地と不時着用の滑走路の確保が急務となりました。それを硫黄島に米軍は求めたのです。かの有名な硫黄島の攻防戦です。結局、日本軍は玉砕しました。

 戦争に負ければ日本軍の中国での爆撃は戦争犯罪になり、勝てば原爆や無差別焼夷弾爆撃も大戦果で英雄になる。市街戦でバッタリ敵と鉢合わせになった時、相手を銃剣で刺し殺した場合、この刺した兵士の国が勝った場合は勲章もので負けていたら、戦争犯罪で処罰されることもありうるということです。だからなにをおいても戦争を始めてしまったら勝たねば意味がないのです。負けるとわかっている戦争など絶対してはいけない。日本人はこのことを肝に銘じなければなりません。では?勝てる戦争ならしてもよいのかと聞かれたら私ならこう答えます。「集団的自衛権は日本にも存在する。」

 カーチス・ルメイは「これからやることは、仮に戦争に負けたら犯罪人になる!」と、ちゃんと理解して作戦を遂行させたのです。この人間のことを悪い奴だと言うのは簡単ですが、米国が勝って日本が負けたのですから戦術や戦闘行為の結果について、日本からは糾弾ができないのです。糾弾すること自体は自由にできますが、日本政府がするわけにはいきません。東京裁判をとことん利用した米国が一枚上なのです。一部のメディアが大々的に扇動した結果、東京裁判史観を引きずった多くの日本人は、日本は悪いことを平気でしたのだと無邪気に信じ込んでしまった。戦争は良くない!戦争は悪だ!まったくそうで、誰もがそう思うでしょう。ならば、戦争がなぜなくならないのでしょうか?軍隊があるからですか?軍隊が悪いって叫んでる人がいます。叫んでる人にとって軍隊とは何ですか?ヤクザかゴロツキの集団なのですか?軍隊が悪いのなら、ほとんどの国家が悪を飼ってることになりますので、その論理の整合性はどのように説明されますか?観念ではなく、具体的な方策が知りたいのです。

 勝たねば意味のないもの、それは戦争です。日本は負けて心までフヌケになり、戦後の日本政府は「カーチス・ルメイ」に勲章まで差し出したのです。常軌を逸した出来事でありました。これほどまでに骨の髄まで負け犬根性に成り果てた日本人の心は浮かばれるのでしょうか。国を売るのに血道をあげている一部のメディアが存在します。こういう人たちのことを「マワシモノ」と呼んでも間違いではないかもしれないと、私は思うのです。

 

 

 

 

 

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