広島電鉄の車両

このページでは、広島電鉄の車両を紹介します。

70形 100形 150形 200形 350形 500形 550形
570形 600形 650形 700形 750形 800形 900形
1100形 1150形 1900形 2000形 3000形 3100形 3500形
3700形 3800形 3900形 3950形 5000形 5100形 貨50形

70形  70形

 1959(昭和34)年、ドイツ・デュヴァーグ社製の車両。元はドイツのドルトムント市電の車両であったものを1981(昭和56)年に輸入した。2006(平成18)年に既に稼動状態ではなかった1編成を廃車したため、在籍は1編成3両である。創業65周年を記念して1977(昭和52)年から導入が計画されていた。外観には殆ど手を加えない程度の改造がなされている。現在は定期運用は持たず、基本的に団体輸送に使われている。全車冷房搭載済みである。

 76号
 撮影場所  宇品線 広島大学前〜広電本社前 間


100形  100形

 1984(昭和59)年、大阪車輛が復元した二軸単車。1912(大正元)年製の1形1号車の車体を更新し、1925(大正14)年製の150形157号の機器を流用した。在籍は1両。救助網にオープンデッキ、二重屋根、そしてマルーン塗装と大正時代を髣髴とさせる印象となっている。イベント用として登場したが、基本的に夏場の土休日の白島線日中運用につくことが多い。車体構造上、雨天での運用は行なわず、その場合は一般形の車両と差し替えられる。

 157号
 撮影場所  未定線 未定〜未定 間


150形  150形

 1925(大正14)年に梅鉢鉄工所で製造された広電初の鋼製車。在籍は1両。1945(昭和20)年の広島原爆によって破壊された被爆車両の中の1両であり、そのままの姿で復活した。同じ大正形の100形とは異なり、張り上げ屋根となっており、やや近代的な印象を受ける。二軸単車で非冷房、車体長は10m弱であり、定員は広電の車両中最小の42名となっている。現在は定期運用を持たず、専ら貸切用車両として出番を待っている。

 156号
 撮影場所 江波線 江波車庫内 (許可を得て撮影)


200形  200形

 1928(昭和3)年にドイツ・デュヴァーグ社で製造された、11m級の二軸単車。元はドイツ・ハノーバー市電の車両であったものを1989(平成元)年に輸入した。在籍は1両。ハノーバー市電時代の1950(昭和25)年に車体更新を行い、現在の姿に近い形になっている。前面が絞られた独特のスタイルは異国情緒をしのばせる。冷房改造は行なわれていない。主に冬場の休日、日中限定で白島線内の運用につく姿が見られる。立席の設定のない独特の車両である。

 238号
 撮影場所 江波線 江波車庫内 (許可を得て撮影)


300形  350形

 1958(昭和33)年、ナニワ工機製の鉄軌道直通用車両として誕生。製造当初は850形を名乗っていた。現在の在籍車両は3両。現在は軌道線専用車両として運用に就いているが、現在も宮島線直通認可車である。登場時からパンタグラフを搭載していた。現在はワンマン化改造も冷房化改造も受けている。

 352号
 撮影場所 宇品線 広島大学前〜広電本社前 間


500形  500形

 1953(昭和28)年にナニワ工機で製造された車両。4両が在籍しているが、実質稼動車両は1両のみである。広電で初めて自動扉を採用した車両。半鋼製でZパンタグラフを搭載している。全車ワンマン化改造、冷房改造が完了している。

 50x号
 撮影場所 (未定)線 未定〜未定 間


550形  550形

 1955(昭和29)年、ナニワ工機で製造された、広電初の全金属車両。前年に登場した500形の増備車であるが、広電軌道線初のパンタグラフ搭載や蛍光灯による車内灯の採用など新機軸が盛り込まれた。4両が在籍するが、1両が既に休車状態である。全車がワンマン改造及び冷房改造が完了している。

 553号
 撮影場所 江波線 舟入南町〜江波 間


570形  570形

 1959(昭和34)年から1962(昭和37)年に掛けて大阪車輛で製造された、元神戸市交通局550形がその前身となっているが、その始祖は1920年代に登場した車両まで遡る。1971(昭和46)年に17両を譲り受けたが、現在は3両のみが残り、そのうち1両も休車状態にある。40両あまりが製造されたため、車両番号が一部、神戸時代と同一番号を付けているものもあった。冷房改造、ワンマン改造が完了している。塗装も神戸時代と同一塗装を堅持している。

 584号
 撮影場所 江波線 舟入南町〜江波 間


600形  600形

 1958(昭和33)年に汽車製造会社で製造された、元西日本鉄道北九州市内線の500形がその前身。1977(昭和52)年に3両を導入、現在1両が在籍しているが、運用に出てくる事はめったにない。冷房改造、ワンマン改造も完了している。塗装は西鉄旧塗装である、ベージュとマルーンのツートンカラーとなっている。

 602号
 撮影場所 江波線 舟入南町〜江波 間


650形  650形

 1942(昭和17)年、木南車輛で製造された、広電オリジナル車両。5両が登場したが、1945(昭和20)年の原爆により被爆、5両中1両は復旧不能として廃車され、復旧された4両中2両が在籍する。元は3扉車であったが、ワンマン改造時に2扉に改造されている。冷房改造を受け、暫く安泰かと思われていたが、連接車の市内線運用拡大に伴い廃車が発生。現在、廃車されたうちの1両が被爆資料として、広島市によって保存されている。

 6xx号
 撮影場所 未定線 未定〜未定 間


700形  700形

 1982(昭和57)年、アルナ工機製、1985(昭和60)年まで増備が進められ、11両が登場している。広電初の軽快形車両であり、登場時から冷房を搭載している。それまでの広電オリジナル塗装を一新するアイボリーにダークグリーンの帯で登場した。また、登場時から方向幕に系統番号を入れており、系統板の取り付けを省略するようになっている。なお、708〜710は欠番となっており、711号以降の4両はカルダン駆動となっている。

 707号
 撮影場所 本線 福島町〜広電西広島(己斐) 間


750形  750形

 車号によってその前歴が異なる。751〜760は1929(昭和4)年に藤永田造船所と梅鉢鉄工所で製造された、元大阪市交通局の1600形。761〜764は1940(昭和15)年に木南車輛製の、元大阪市交通局1650形。765〜772は1950(昭和25)年に富士車輛で製造された、元大阪市交通局1800形であったものを、それぞれ1965(昭和40)〜1968(昭和43)年にかけて、合計22両譲受した。異なる種車を同一形式にまとめたのは、車両特性が近似していたためか。元々は腰部ライトであったものを屋根上に移設したため、大阪市時代とは随分と印象が変わっている。初期車を中心に廃車が進み、現在の在籍は6両にまで激減している。なお、在籍車の冷房化は完了している。

 769号
 撮影場所 宇品線 広島大学前〜広電本社前 間


800形  800形

 1983(昭和58)年〜1997(平成9)年にかけてアルナ工機で製造された自社発注車両。日本鉄道技術協会の快速電車開発委員会が3年がかりで開発した車両であり、電子チョッパ制御を試用し、省エネの実現に貢献した。長期にわたる増備で在籍数は14両にまでふくれあがった。製造が長期にわたったため、1次車の801〜802と2次車である803〜804、3次車以降の805〜814とではそれぞれ全面デザインが僅かずつ異なる。

 806号
 撮影場所 江波線 舟入南町〜江波 間


900形  900形

 1957(昭和31)年大阪車輛工業製造の元大阪市交通局2600形がその前身。旧型車の足回りを再利用し、当時大阪市交通局標準車体を組み合わせた車両で、実に114両もの増備がなされた、大阪市交通局の主力。大阪市電末期まで活躍し、広島には1971(昭和44)年に14両がやって来た。現在は廃車が進み在籍数は9両。登場から間もなかったため、塗装も含めてそのままの姿で竣工している。広電では初のワンマンカーとして活躍、その後、冷房化が実施され、在籍車全てが冷房車となっている。

 907号
 撮影場所 横川線 横川〜横川一丁目 間


1100形  1100形

 1954(昭和29)年、神戸市交通局にて製造された元神戸市交通局1100形を譲受したもの。なお、1103号以降は1960(昭和35)年川崎車輛製となっているが、種車は同じ。1971(昭和46)年に神戸市電全廃に伴い、在籍5両全車が形式車号もそのままに広島にやって来た。現在、廃車が進み、3両が残る。全車冷房搭載済みである。

 110x号
 撮影場所 未定線 未定〜未定 間


1150形  1150形

 1955(昭和30)年、ナニワ工機製と1956(昭和31)年川崎車輛製のグループがある。元は神戸市交通局の1150形。前述の1100形に性能、形状とも酷似している。1100形と共に、1971(昭和46)年に神戸市電全廃に伴い、ワンマンカーであった1151〜1154・1156〜1158の7両を譲受した。1158号が1155号と車号を変えた以外は、神戸時代の車号をそのまま踏襲している(1155号は神戸市が保存)。現在は廃車が進み、3両が在籍するのみになっている。冷房改造は全車実施済みとなっている。。

 115x号
 撮影場所 未定線 未定〜未定 間


1900形  1900形

 1957(昭和32)年にナニワ工機にて製造された、京都市交通局1900形がその前身。更に辿ると1955(昭和30)年に製造された京都市交通局900形がその始祖となる。30両あまり製造されたうちの後期15両が、京都市電全廃前年の1977(昭和52)年から1979(昭和54)年にかけて広島入りした。譲受後、1両の廃車も出ることなく、15両全車が在籍、単行車としては最大勢力を誇っている。同社初の冷房改造車でもあり、当形式の果たした役割は大きい。一時、広島市民からの公募によって愛称がつけられていたが、系統板廃止時になくなっていた。現在は再度愛称名をつけて活躍している。

 1915号
 撮影場所 横川線 横川〜横川一丁目 間


2000形  2000形

 1960(昭和35)年から1963(昭和38)年にかけてナニワ工機にて9両が製造された、鉄軌道線直通車両。製造当時は、350形に準じ、単行車であったが、1974(昭和49)年に自社工場にて2両固定編成改造をなされた。奇数両数であったことから、余剰となった1両(2001号)のみ、事業用車として残されている。在籍数は9両(うち1両事業用)になっている。この形式から、直通車の塗装が変更になっている。事業用の2001号を除き、冷房改造が完了している。

 2004号
 撮影場所 本線 広電西広島(己斐)


3000形  3000形

 1954(昭和29)年汽車製造会社製の元西日本鉄道福岡市内線用1100形と1962(昭和37)年から翌年にかけて汽車製造会社と日立車輛にて製造された、元西日本鉄道福岡市内線用1200形、1964(昭和39)年汽車製造会社製の元西日本鉄道福岡市内線用1300形のそれぞれ2連接車を、1980(昭和55)年から1982(昭和57)年にかけて3連接改造を行なって完成した車両。元は11編成22両が在籍していたが、3連接改造で、7編成21両に組成変更している。

 3002号
 撮影場所 宇品線 広島大学前〜広電本社前 間


3100形  3100形

 1961(昭和36)年、ナニワ工機製と1964(昭和39)年、自社工場製の2500形を種車として、1985(昭和60)年から翌年にかけて改造して誕生した形式である。元が連接車だったものを3連接にしたもので、2500形7編成14両中、9両を改造し、3編成9両が登場している。2000形を3連接にしたような感じであるが、塗装がアイボリーとグリーンに改まったことからイメージが異なる。余談ながら、種車となった2500形には元大阪市交通局1600形(750形の項参照)を改造した、大阪車輛工業製のグループも存在したが、この形式には編入されていない。

 310x号
 撮影場所 未定線 未定〜未定 間


3500形  3500形

 1980(昭和55)年、アルナ工機と川崎重工にて製造された、完全新製3連接車。この形式の誕生により、広電の3連接車の基本設計が決まったといっても過言ではない。1編成3両が製造されたのみで終わったが、その後の他形式の大量導入のきっかけとなった事は確かである。車内はセミクロスシートとなり、塗装もアイボリーにグリーンの帯が入り、「ぐりーんらいなー」の愛称が付けられた。チョッパ制御、カルダン駆動を搭載し、後に登場する800形に多大な影響を与えた。

 350x号
 撮影場所 未定線 未定〜未定 間


3700形  3700形

 1984(昭和59)年から1987(昭和62)年にかけてアルナ工機にて製造された、3連接軽快電車。3500形の影響を色濃く受けた形式であるが、間接自動抵抗制御によるカルダン駆動と言う、やや後退したイメージが残る車両となっている。5編成15両が導入され、宮島線の体質改善に大きく寄与した。当形式も3500形に倣い「ぐりーんらいなー」の愛称が付いている。

 3703号
 撮影場所 宇品線 広島港(宇品)駅


3800形  3800形

 1987(昭和62)年から1989(平成元)年にかけて、アルナ工機にて製造された3連接軽快電車。当形式からVVVFインバーター制御を導入している。3年間で9編成27両が製造された。前面イメージも800形3次車に酷似し、それまでの3形式とは一新されている。また、「ぐりーんらいなー」の愛称は踏襲しているが、塗装イメージも変化している。

 3804号
 撮影場所 本線 土橋〜小網町 間


3900形  3900形

 1990(平成2)年から1996(平成8)年にかけてアルナ工機にて製造された。3800形のマイナーチェンジ版として登場し8編成24両が活躍している。車体長を延長(26.86m→27.96m)する事により、定員増をはかっている。イメージは3800形とほぼ同じながら、再度塗装を変化させ、イメージチェンジを行なっている。

 3907号
 撮影場所 本線 猿猴橋町〜的場町 間


3950形  3950形

 1997(平成9)年から翌年にかけてアルナ工機にて製造された。性能などは3900形を踏襲し、ほぼ同じであるが、車体を大幅に変更し、イメージを一新させた。6編成18両が登場し、市内線の連接車化に大きく寄与した。その塗装もさることながら、シングルアームパンタグラフの使用、前面一体型のヘッドライトケースなど、3900形とほぼ同じ車両とは思えない出来栄えになっている。なお、この形式は「Green Liner」と愛称を改めている。

 3952号
 撮影場所 宇品線 宇品五丁目〜競輪場入口臨時乗降場 間


5000形  5000形

 1999(平成11)年から増備を進めている、シーメンス社(ドイツ)製の5車体車として登場した形式。1両ごとに台車のない車体があり、3つの台車で5つの車体を構成すると言う、当時としては画期的な車両として、センセーショナルにデビューした。12編成60両が輸入され、超低床車時代の幕開けを感じさせた。現在、国産技術で同様の車両が量産できる体制になってきたことから、これ以上の増備はないと思われる。当形式には「Greeen Mover」の愛称が付いている。2000(平成12)年にローレル賞を受賞している。

 5005号
 撮影場所 本線 福島町〜広電西広島(己斐) 間


5100形  5100形

 2004(平成16)年、の3社製。シーメンス社製の5000形を模範として、国産技術の粋を集めて製造した。3編成15両が導入されている。国産としては初の5車体超低床車(=U3・ALFA vehicle)である。5000形との差別を図るため、愛称を「Greenmover max」としている。編成構造は5000形を踏襲したが、全長を30mに抑え、新たな規格型車両と位置付けられており、保守運用の有利さから、今後の増備は同形式で行なわれる事は間違いないだろう。

 510x号
 撮影場所 未定線 未定〜未定 間


貨50形  貨50形

 1929(昭和4)年、藤永田造船所と梅鉢鉄工所で製造された、750形758・759号を改造した花電車用電動貨車。その元を辿れば、元大阪市交通局の1600形。在籍は2両。花電車用に車体上部を切り取り、ヘッドライトを腰部に移し変える改造により完成した。保線工事はトラックにより実施するため、実質の貨物輸送に使用する事はない。

 貨52号
 撮影場所 江波線 江波車庫 (許可を得て撮影)


被爆電車って?

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広島電鉄の沿革

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