
このページでは、伊予鉄道の軌道線用の車両を紹介します。
1951(昭和26)年から1963(昭和38)年にかけて、ナニワ工機にて製造された、伊予鉄道軌道線の主力車両。1000番台を除く現在の在籍は28両。12年にかけて製造されたことから、細部については若干異なる。また、初期車両と後期車両とでは車体そのものの構造も異なる。前期形(51〜61・写真右)は半鋼製車であり、車内は木造となっているが、後期形(62〜78・写真左)は全金車であり、軽量車体構造となっている。2100形の増備に伴い、後期形軽量車体車からの淘汰が予想される。全車冷房改造済み。
モハ55号(右)とモハ69号
撮影場所 花園線 松山市駅前〜南堀端 間
1959(昭和34)年にナニワ工機で製造された、50形の一部。1968(昭和43)年に呉市交通局1000形を購入して、50形に編入させた経緯を持つ。当初3両を導入したが、2100形の登場により、2両が廃車され、在籍は1両となってしまった。50形後期形の登場と近かったことから、全く同一の車体を持っているのが特徴。現在の予定では、次に2100形を増備した際に廃車されることになっている。50形にはこのような編入車両が他にもあり、元南海和歌山軌道線の324号を編入した81号と言うものも存在した。
1001号
撮影場所 城南線 南堀端〜市役所前 間
1964(昭和39)年から翌年にかけて、ナニワ工機で製造された、元京都市交通局2000形。京都市交通局の軌道線が全廃になった翌1979(昭和54)年に伊予鉄道が譲受した。原型のまま導入された呉市1000形と異なり、若干の改造を受けている。2002〜2006の5両を導入し、現在も全車が活躍する。また、冷房改造がなされている。
2006号
撮影場所 花園線 松山市駅前〜南堀端 間
2002(平成14)年に登場した超低床車。伊予鉄道軌道線としては、実に39年ぶりの新車である。製造はアルナ工機(現・アルナ車両)が行った。アルナ独自の設計による超低床車シリーズ「リトルダンサー」のS形である。これは日本初の「単車超低床式軌道電車」と謳われた。現在、在籍は2両。今後の増備も予定されているが、車体幅、客室スペースとも在来車を下回るため、いくつかの課題が残されている。この車両の登場により、50形1000番台2両が廃車となっている。
7202号
撮影場所 大手町線 松山駅前
2001(平成13)年、新潟鐵工所で製造された、日本唯一の「軌道線用内燃式機関車」である。伊予鉄道の観光客誘致の起爆剤として、保存されている1号機関車のレプリカとして誕生させた。翌年にも1両が増備され、在籍は2両。車体は蒸気機関車であり煙も吐くが、その実はディーゼル機関車である。ねじ式連結器を使用する唯一の現役車両であり、内蔵式方向転換機(ターンテーブル)を持つ唯一の車両でもある。様々な機構を兼ね備えていると言う特徴がある。
D1号
撮影場所 大手町線 松山駅前〜大手町 間
2001(平成13)年、前述のD1形用の客車として、同じく新潟鐵工所で製造された。二軸単車の客車であり、在籍は2両。その2両が1組になって運用に入る。車両は木造であり、シートも可能な限り復元している。客車でありながらビューゲルのようなものを積んでいるが、これは架線に設置されたポイント切り替えスイッチを叩く為の措置であり、進路制御装置と呼ばれている。運用に入るのはD1号と組むことが多い。
ハ1号
撮影場所 (未定)線 (未定)〜(未定) 間
2001(平成13)年、自社製の客車。ハ1形と同じくD1形の牽引客車である。在籍数は1両。ハ1形が2両1組で運転されるのに対し、ハ30形は1両のみで運用に入る。基本的な構造はハ1形に準じており、車体長が異なるくらいの差異しかない。木造、非冷房であり、暖房装置も積んでいないのはハ1形に準ずる。運用はD27号と組むことが多い。
ハ31号
撮影場所 大手町線 大手町
モニ30形と一くくりにされているが、モニ30号とモニ31号とでは、全く似て非なるものである。まず、モニ30号は1952(昭和27)年に自社工場で製造された車庫内入換用電動貨車である。現在は入換用アントが導入されたため、実質上休車状態である。そしてモニ31号は1971(昭和46)年に自社工場で製造されたとされているが、その元を辿ると、1954(昭和29)年土佐電気鉄道製造の312号にまでさかのぼる。主に花電車用のために改造されたが、現在は殆ど出番が無い。モニ30形としての在籍は2両である。
モニ31号(予定)
撮影場所 城北線 古町(予定)
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