
このページでは、熊本市交通局の車両を紹介します。
1951(昭和26)年に広瀬車両で製造された160形がその起源。当時の主力車両であった150形の増備車として3両が登場した。1969(昭和44)年にワンマン化改造が行なわれ、その際に形式を1060形と改めた。その際に三扉だったものを二扉にしている。現存するのは1両のみとなっている。近年、旧熊本市電塗装である、クリームに紺帯と言う出で立ちになったが、性能的な問題や、運転に相当の熟練度が要求される事から敬遠されており、朝のラッシュ時に運転されるところが見られればラッキーである。なお、冷房改造済みである
1063号
撮影場所 上熊本線 大江車庫上熊本分室内 (許可を得て撮影)
1954(昭和29)年に170形の増備車として登場した180形をワンマン改造したもの。在籍は4両。新木南車両製と東洋工機製の2種類が混在するが、性能に変わりはない。180形自体は2年にかけて製造されており、1080形に改造されたのはこの内の前期形である181〜187の7両。1968(昭和43)年にワンマン化改造を受け、この際に形式を1080形とした。ツーマン当初から二扉車であった。1980(昭和55)年に全車冷房改造を受けている。
7号 (維新号)
撮影場所 桟橋線 桟橋車庫内 (許可を得て撮影)
1955(昭和30)年製の180形後期形(通称188形)と、1955(昭和30)年製の190形を1968(昭和43)年にワンマン化改造を行なった事により誕生した形式。在籍は7両となっており、旧性能車両としては最大勢力となっている。製造は全て東洋工機製となっている。188形より、方向幕の大型化や自動ドアの導入が行なわれ、同時に熊本市電初のパンタグラフ車でもあった(現在はZパンタ)。全車冷房化されており、改造は1080形と同時期の1980(昭和55)年である。
101号
撮影場所 桟橋線 桟橋車庫内 (許可を得て撮影)
1958(昭和33)年から60(昭和35)年にかけて、東洋工機で製造された200形をワンマン化改造して登場した形式。改造は1966(昭和41)年のことである。当初10両が改造されたが、現在の在籍は6両。元形式の200形は初の蛍光灯による車内灯を実現した車両で、一時オルゴールサービスと言う事を行い人気を博した。また、1978(昭和53)年に日本初の冷房搭載軌道車両として2両が冷房改造を行い、その後、順次冷房化が進められた。
1205号
撮影場所 幹線・上熊本線 慶徳校前・西辛島町〜辛島町 間
1960(昭和35)年、東洋工業製の車両であった350形が原車。6両が在籍している。200形(現・1200形)に準じた性能を持ち、車体も全く同一である。熊本国体にあわせて増備された経緯を持つ形式であった。1967(昭和42)年よりワンマン改造が行なわれ、現在の形式に変更となっている。冷房化改造は1980(昭和55)年の事。同形式が旧性能車としては最後の登場となっている。
1352号
撮影場所 上熊本線 大江車庫上熊本分室内 (許可を得て撮影)
1957(昭和32)年に川崎車両で製造された西日本鉄道福岡市内線用の1000形を譲り受けた形式。4編成を譲受したが、現在は3編成6両が在籍している。熊本入りは1977(昭和52)年から1980(昭和55)年にかけて行なわれた。昭和50年代に導入されたという事から5000形の形式が付けられている。車両番号が連続していないのは、福岡時代の車番にプラス4000をした事に起因する。熊本市電初の連接車であり、ラッシュ時にその実力をいかんなく発揮したが、9700形が活躍する今、その活躍場所を狭められている。現在、1編成が福岡時代の塗装に復元されている。
5014号
撮影場所 上熊本線 大江車庫上熊本分室内 (許可を得て撮影)
1982(昭和57)年に日本車両で製造された、熊本市電32年ぶりの新車。2両が在籍する。日本初のVVVF駆動を実現したことで画期的な車両といわれている。全金属の軽量化車体を搭載し、省エネ電車の魁ともいける存在である。この車両以降、新製車両にVVVFが使われるようになったという点で特筆される存在である。また熊本市電では初の愛称名がつけられ、「しらかわ」「火の国」と言う行灯式の愛称板が取り付けられており、異彩を放っている。製造当初からの冷房車である。
621号
撮影場所 桟橋線 桟橋車庫 (許可を得て撮影)
1988(昭和63)年から89(平成元)年にアルナ工機(現・アルナ車両)で4両が製造された車両。車体は先に登場した8200形に類似するが、当形式は1200形の改造によって誕生した形式。そのため、車両性能は1200形に準じており、吊り掛け駆動となっている。製造工場が異なるためか、車体寸法は8200形と揃えられているが、定員は僅かながら増えている(70→72人・座席定員25→26人)点が特徴。また当初から冷房を積んでいる。
8501号
撮影場所 健軍線 健軍町
1988(昭和63)年にアルナ工機(現・アルナ車両)で製造された車両。8500系が改造車だった事に懲りたのか、こちらは完全新製となっている。形式としては3両が在籍している事になっているが、1両は全く別物となっているので、ここでは別項目に上げた。車体はそれまでの角張ったスタイルから一転、曲線を描いたスタイルになっている。熊本市電の車両は前中扉が基本であるが、この形式のみ前後扉となっている。2両に愛称名がついているが、「サンアントニオ」「桂林」の名は、熊本の姉妹都市の名称である。
701号
撮影場所 後免線 後免東町〜後免町 間
1993(平成5)年にアルナ工機で製造された、8800形のうちの1両である。レトロ調の車体を持ち、101号と言う車番をつけており、あたかも100形という形式のようである。冷房装置を二重屋根の中に格納し、ダミーのポールを付けているなど、昨今のレトロ車両に準じた構造となっている。駆動はVVVFとなっており、この辺りは完全に新製車両の趣を持つ。形式は8800形を名乗るが、製造時期が9200形の製造期間と被る上、前中扉と言う構造や車体寸法、性能とどれをとっても9200形の方が近い。
101号
撮影場所 幹線・上熊本線 慶徳校前・西辛島町〜辛島町 間
1992(平成4)年から1994(平成6)年にかけて、年間2両ペースでアルナ工機で製造された、8800系の増備車両。在籍数は5両。8800系との外観上の違いとして扉位置の変更(前後扉→前中扉)がある。また、初めて車内に車椅子スペースを設けた。そのため、中扉の寸法が拡大されている。9201号にのみ「ハイデルベルグ」と言う愛称名がつけられている。最終増備である1994年製の9205号のみ、シングルアームを搭載し、異彩を放っている。
9205号
撮影場所 健軍線 健軍町
1997(平成9)年から2001(平成13)年にかけて導入された日本初の超低床車両。製造は新潟鐵工所(現・新潟トランシス)であるが、製造技術提供はドイツのADトランツ(現・ダイムラー・クライスラー・レール・システムズ)が同社の「GT形」を元に行なった。日本初と言う事もあり、その後の展開が注目され、結果4年間で5編成10両が製造された。この車両の成功により全国各地に超低床車両が登場する事となった。
9701号
撮影場所 幹線・上熊本線 慶徳校前・西辛島町〜辛島町 間
1950(昭和25)年に広瀬車両で製造された150形が前身の貨物車両。花電車に用いられるため、実際に荷貨物を運送する事や、事業用途としては用いる事はない。在籍は2両。1968(昭和43)年にワンマン化改造を行ない、1050形と形式を改めた。その後、1979(昭和54)年に現在の形に改造された。1050形は現存していないが、形態は1060形に準じていた。改造時期が車両冷房化よりも以前だったため、冷房改造は行なわれていない。
52号 (予定)
撮影場所 幹線 大江車庫 (予定)
近年、日本各地に登場しつつある超低床車であるが、その本格的導入の先駆けとされるのが、ここ熊本の9700形である。その熊本市交通局9700形は名義上、新潟鐵工所(現・新潟トランシス)製とされているが、その実体は先に記したとおり、ADトランツ(現・ダイムラー・クライスラー・レール・システムズ)社の「GTタイプ」と言うシステムである。超低床車の規格と言うのは欧米の方が進んでおり、日本のシステムと言うのは皆無に近かった。そのような状況下において現在導入されている超低床車の規格は大きく分けて3種類ある。
1つ目はここで紹介したMAN社(後のADトランツ)開発の「GTタイ
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