第一章 『雨の日は休み』

 

 雨が降っていた。少女は、窓に当たる水の打撃音を聞き「むう」とうなってから、大きく伸びをした。

 ハンターの仕事は普通、雨には出来ない。クリーチャーの多くは雨をしのぐためにどこかへと隠れてしまう。

 隔離都市の第二区、ハンター居住区の特A級専用空間、LDKの一戸建てが縦に詰まれている建物だ。

 少女は起き上がり、長い髪の毛がぐしゃぐしゃになっているのに気付いたのか、「あう」と鳴いた。

 小さなベッドの横の窓から、灰色の雲が唸っているのが見える。

 ここはアセンブラの部屋である。ベッドの横の本棚には、様々な本が並んでいる。その反対側には小物入れがあり、部屋の真ん中にはテーブル、隅にはクロゼットとドレッサーが置かれている。

 昨日は、仕事で夜遅く帰ってきたので、パジャマを着ずに寝たのか。黒のシャツと黒の何故か男物のパンツをはいている。

 ガチャリとドアを開け、バタンと閉めて、ぽてぽてと浴室へ向かう。

 寝ぼけ眼で、浴室の扉を開き、入っていく。

 シャァァァ―――

 雨とは別の水の跳ねる音が聞こえた。

 ――――数分後

 少女は、だいぶすっきりしたようだ。バスタオル姿で浴室から出てくる。

 寝室へ戻り、クロゼットを開ける。

 

 ギュッ――――

 トレードマークの黒いリボンを、両手で結んだ。

 鏡を見、リボンの位置を微調整する。どうやらうまく決まったようだ。

 予報では、久しぶりに一日中雨になるようだ。

「よし、と。今日は、バイトに行くのだ!」

 短い腕を、ブンと振り上げ高らかに宣言した。

 

「え〜とですねぇ。今日の報告はぁ、最近都市内でぽつぽつ起こっているぅ。暴行殺人及びぃ未遂事件についてですぅ」

 間延びした声が、会議室内に響く。声の主はオレンジ色の変わった服を着た濃い青めの髪をした少女。

 都市内治安機関シティ・ガーディアンズ(C・G)の本部、小さな会議室である。数個の机とイス、そしてホワイトボードが一つ。イスには数人の男が座っている。

「じゃぁ、リーダーお願いしますぅ」

 声の少女は、後ろを振向きそこにいた男にぺこりとお辞儀する。

 男が前に出て、こほんとせきを一つ

「―――犯人についてだが、被害者によると、黒のコートを着た銀髪の男、その他目立った特徴は皆無。移動方法も不明。ほぼ神出鬼没、パターン性も無い。まぁ――――がんばってくれ」

 そう言って、後ろのホワイトボードに物凄く汚い字でまとめる。

「見つけたら、全員に報告、深追いはするな。ハンター達もやられている。一対一じゃ勝てないかも知れんぞ」

 

「―――グェェ」

 路地裏に断末魔が響く。

 ドサッ―――

 何か重いものが倒れる音がした。

 銀髪の男がにやりと笑う

「ふふふふ――――ん?」

 黒い銀髪の男が、視線に気付く。

 そこにいたのは、ばさばさの黒髪に青が基調の戦闘服(バトルスーツ)を来た青年。雨なのに傘も持たずに突っ立っている。

「おっさん、いくら喧嘩だからって殺しはいけねぇんじゃねぇか?」

 銀髪の男は、その青年に向きなおり、ゆっくりとファイティングポーズを取った。

「―――問答無用かよ、ついてねぇなぁ―――」

 青年が頭をかいて、渋々構えを取った。

 

 カランカラン―――

 ドアを開くとともに古臭い鐘の音が鳴る。

「いらっしゃいま――――う」

 メイド風の格好をした灰色の長い髪をしたウェイトレスが唸る。後ろのカウンターにいた女のマスターが

「どうしたの?ア――――」

 ウェイトレスが慌てて、人差し指を口に当ててしゃべらないようにという仕草をした。

 店に入ってきたのは、長身のバンダナをした青年、ラスナであった。

 ちなみにウェイトレスは、バイト中のアセンブラである。

 ラスナが不思議そうな顔をするも、席に座る。どうやらアセンブラには気付いていないようだ。

 アセンブラが、無理やり笑顔をつくって注文を取りに行く。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

 アセンブラが、いつもの口調とは違うそれで話し掛けた。

「―――コーヒー」

 ラスナがつぶやく。

「はい、コーヒーですね。砂糖とミルクはいかがしますか?」

「ミルクはいらん、砂糖は―――」

 ラスナは少し考え

「六つだ」

 アセンブラがきょとんとする。

「は?――――むっつ?」

「そう、六つ」

「は、はいかしこまりました〜」

 アセンブラが、後ろを向く

「あと――――」

 ラスナがまたつぶやく

「うぁい?」

 アセンブラが首だけでラスナの方を振向く

「なにか甘いものを――――」

 

 ドゥッ――――

 銀髪の男の鋭い右の蹴りを青年の左腕が受ける。鈍い音が響いた。

 反動で、青年が吹っ飛ぶ。空中で身体をひねり着地する。

「―――てぇ、おっさん。やるじゃねぇか」

 青年が腕をさすりながら、にぃと笑う。

 銀髪の男が、それを見てにやりと笑い返す。

「貴様こそ、なかなかだ。私はリゼ・フォリス、貴様は?」

 青年はピッと親指で自分を指し

「俺か、俺はグリード。グリード・ラン・グラードだ」

「グリード、次は倒すぞ」

 リゼが、構えなおす

「そうか、じゃぁ俺もちょっと気合入れねぇとな」

 二人がにらみ合う。

 雨は、止むことを知らないかのように、彼らを濡らし続ける。

 

「ねぇ、あの人知り合い?」

 女マスターが、アセンブラに小声で話し掛ける。

「うむ、ラスナって言うのだ」

 それに、アセンブラが小声で返す

「甘党なのねぇ」

 マスターはしみじみといったふうに言う

「う〜む、あれははじめて」

 二人が見つめる中、ラスナは黙々とチョコケーキと角砂糖が六個分はいったコーヒーを平らげていく。

 と、ラスナがこちらを見る。

「おい―――」

「は、はいぃ」

(バレたかな―――)

 さっきの話を聞かれたのかとアセンブラは恐る恐るラスナのほうに歩いていく。しかし、足取りに恐れは感じられない。

「いつも、こんなにすいてるのか?」

 ラスナが、店内を見回しながら言った。

「ほぇ?―――あ、ああ。この時間はこんなもん――ですよ」

 どうやらばれたわけではないらしい。アセンブラは、内心ほっとしながら店の景気を語る。

「ふむ、いい店だ」

 ラスナが少し笑ったように見える。ただ、相変わらずの無表情で一見しただけではどうなのか分からない。

「ありがと〜―――ございます―――」

 アセンブラが、軽くお辞儀した。

 

「ダァァ!」

「ぐぅっ!」

 ドン―――

 グリードの突きが銀髪男のガードを崩す。

「オラァ!」

「ふっ―――!」

 グリードの追撃を間一髪で後ろに跳躍してかわす。

「貴様――――」

 ガードを破られたのがショックだったのか、リゼはつぶやいた。

「へへ、まだやるか?―――ん?」

 グリードが腰に手を当て自慢気に言い、何気に上を見上げた。

「次は本気―――――!?」

 リゼも何かに気付いたのか、上を見上げる。何を見たか目を大きく見開いた。

 ゴゥ―――

 その時、上空から轟音が響いた。

「――――!」

 ビシィィィィ――――

 突っ立っていたグリードを、空気を焼きながら飛来した強烈な光が貫く。ただの雷ではない、それは法術の雷であった。

それには全く興味を示さないように、続いて空から声が聞こえた。

「何やってんだリゼ?もう皆待ってるぜ」

「お前か―――」

 リゼは小さく舌打ちして、燃え上がっている炎の一点を見つめた。

「どした?」

 声が、いぶかしげにたずねた。リゼは声のする方を一瞥し、後ろを向いて歩き出す。

「惜しい男を亡くした――――残念だ」

 雨はその炎を早く消そうとするかのように、更に勢いを増したようだった。

 

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