第二章 『心地よい晴れ』
今日は、昨日の雨とは打って変わり晴天となった。彼女の頬を、風が優しくなで、足首まで届く長い灰色の髪を、柔らかくなびかせた。
あまりのすがすがしさに、朝早く起きて、空を眺めていたアセンブラは、ふと何かを思いついたのか、小物入れをあさり始めた。
そして、小さな端末を取り出して、いじりだした。
端末の電源が入り、画面に「新着メッセージ:3」という文字が映った。
M・S―それは、メッセージ送受信専用の端末である。電話類とは違い、メッセージを打つのに多少の時間がかかるが、慣れれば何かをしながらでも打てるようになる。GPS等もついているらしい。
一つは、広告メッセージであった。安売りみたいなので取っておく。次は、シューから「試作品完成」というメッセージであった、アセンブラは「にぃ」と笑い、最後のメッセージを見た。
それは、グリードからであった。「買い物に行かないか、良ければ下のホールで」とシンプルに書いてある。
「おお、デートかな?」
「行くのだ」と返信して、鼻歌を歌いながら、服を選び出す。
「クククク―――『記憶』をめぐって、新しい運命が回り始める」
荒野の大地に浮かぶ白い影は、卑屈な微笑を浮かべる。荒野を駆ける風が、影がまとった長衣を、バタバタとはためかせた。
「それを、その歯車を動かすのは、私だ。だが―――」
白い影は、そこで一旦言葉を切る
「もう少し―――もう少しだ。まだ、動かすのは早い。忌々しき奴らの力を試すためには―――!」
その言葉を残して、白い影は掻き消えた。
「雨は止んだ、情報収集を開始しろ」
銀髪の男―リゼ―が、前の二人に指示を出す。
「へいへい、あんたは自分の好きなことやって、俺たちは退屈な情報収集ですか―――」
獣人の男が、嫌味を込めて言った。
「―――そういうことを言ってもはじまらん。行くぞ」
長身の男が、先に後ろを向いて歩き出す。
「わぁってるよ。そうせかすなって」
獣人の男も、それに続いた。
「俺は?」
後ろの悪魔の男が、自分を指差して問う。
「お前は、空からあいつ等を監視しろ。特に獣の方を―――あいつは喧嘩っ早い」
「あんた程じゃないと思うけどな―――」
「俺のは――――訓練だ」
「さいですか、じゃ、行って来まぁすっとぉ」
そう言って、悪魔男は背中の漆黒の翼を展開し、一度翼の調子を見てから、空へと舞い上がった。砂煙が舞い上がる。
それを見届けてから、リゼはつぶやいた。
「私は―――どうしようか」
空を見上げる。太陽は、大地を照らすために、さんさんと輝き、何処か遠くから、微かに大型の獣が唸るような声が聞こえる。
クリーチャーの声であろうか、それとも風の唸りだろうか。
そして、荒野に一陣の風が吹いた――――
―――ピッピッピッ
電子音が、彼の眠りを妨げた。仕方なく、身体を起こし、時計を見た。
4時30分だ。どうやら、時計が鳴っているわけではないらしい。
部屋を見渡すと、テーブルの上に置いてある端末がチカチカと光りながら音を放っている。
「――――――?」
ゆっくりとそれに手を伸ばしてつかみ、受信ボタンを押す。
小さなモニタに、見覚えのある女性の顔が浮かぶ。
「あら、寝てたの」
「―――こんな時間に、なんのようだ?」
不機嫌な声で、答える。
「そんなに怒らないでよ。旦那様のせいなんだから。あの方、また朝帰りよ」
「どうでもいい、なんのようだ?」
いまだに不機嫌である。
「いえ―――あなたの顔が見たかったのと、旦那様から聞いたけど、言葉を話すクリーチャーがいたって―――」
「――――」
その言葉を聞いて黙り込む。
画面の女性は、ため息を一つつき。
「知ってたのね―――何故―――」
「逃がしたとは、言えなかった。ただ、それだけだ」
「ま、そうでしょうね。あなたは、そうだから」
「すまない――――」
頭を少し下げて謝罪の言葉を述べる。
「いいわ、あなたは強くなれる。私のパパがそう言ったんだもの。間違いないわ―――じゃ、またね」
「―――ああ」
画面の女性が消えた。通信が途切れたのを確認してつぶやく
「親父さん―――俺は――――」
いいながら、いつもバンダナで隠してある場所を触る。
そこには、今、自分が自分である証がある。
昔、ある男に出会い、剣の技術、剣士の道を教えられた。その記憶の証――――
決して、忘れてはならない思い出の存在であった。
「負けない――――生きている―――いや、生きる限り」
エレベーターを降りた少女は、見覚えのある影を見つけて手を振り上げた。
「お〜〜い、グリードぉ」
「おっ、きたな」
グリードが、少女に答える。
グリードは、いつもの戦闘服を着ていない。アセンブラは、不思議そうな顔をした。
その顔を見て、グリードが笑って言った。
「ああ、ちょっと服破れちまってな。アセならいい店知ってるだろうと思って」
「ほぇ―――」
アセンブラは少しほけっとしたが、すぐに笑顔を見せて
「うむ!分かったのだ――――じゃぁ、ついて来て」
アセンブラが歩き出す。
「おう、ありがとよ」
グリードも、それを追って歩き出した。
エレベーターが、なかなか来ないので、階段で降りてきたラスナは、見覚えのある後姿が、ホールにあるソファの陰で、何かこそこそしているのを見て眉をひそめた。
「何をしている?」
後姿が、ビクッと硬直し、ぎこちない動きでこちらを振向く。
艶やかな金髪、透き通った鼻梁、そして、左腕には大きく黒い法珠。黒の戦闘服に身を包んだジュンであった。今は何故か、サングラスをかけ、マスクをしている。
マスクをしているためか少しくぐもった声で、ジュンが口を開いた。
「あら、ラスナ―――偶然ね」
さっきまで向いていた方向を、確認しながら、ラスナに手招きする。
「花粉症か?それなら、マルナが新薬の効果を見たがってたぞ」
マルナ―ハンターズ医療局の女医、時々変な薬を患者に与えているという噂がある。
ゆっくりと近づいて、同じようにソファに隠れる。
「恐いわね―――薬ヤダって言ったら、鼻と眼、縫われそうだし―――って、違うわよ、アレアレ―――」
「――――?」
ジュンが、ソファの向こう側の空間を指差す。ラスナはその先を見る。
「アレは―――」
その先に見えたのは、普段着のグリードとアセンブラ。
マスク越しでは言い難いのか、ジュンはマスクを外した。
「ねー―――アセはともかく、グリードが普段着着てるなんて変じゃない?」
「ああ、確かにな」
ジュンが、にぃと笑い。
「もちろん、見過ごすわけには―――」
「いかん、な。」
「じゃ―――」
「ん?」
ジュンは戦闘服に手を入れ、サングラスを取り出す。
「コレ着けて」
「―――――」
ラスナは受け取り、いぶかしげな顔でジュンの方を見る。ジュンは、さらりと言った
「単にそんな気がしたのよ」