3
「ひぃっ・・・!」
機械達の残骸がそこかしらに散乱する、薄暗い廊下―――激しい戦闘のせいか、電源供給が途絶えたらしい―――そこにはあるまじき高い少女の声。少女は両手に、その身体には大きすぎるほどの槍をしっかりと握り、しかしその大きな眼には明らかな不安と怯えが浮かんでいた。
「ひゃっ!」
どてっ―――
何かにつまづいたらしい、槍が地面に落ちて盛大な音を立てた。
「いたぁいですぅ・・・もうヤダぁ・・・」
今にも泣き出しそうだ。
後ろに人の気配―――
「・・・大丈夫ですか?」
突然かけられた声に少女が顔を引きつらせる
「ひぃぃいやぁぁぁぁ・・・!」
長く暗い廊下に、悲鳴がこだまする。
「おい?今なんか聞こえなかったか?」
機械の襲撃が落ち着いたのか、休憩していた獣に似た男が他の二人に尋ねた。
「いや・・・?空耳じゃないのか?」
リゼが応える。細い男が首を横に振った。
「気のせいか・・・」
「さぁ、行くぞ」
「おお、これは多分昇降機だな」
アセンブラが、四角い形の扉をぺたぺた触る。隣のところにボタンがついている。
「動くのか?」
「むむ〜、機械たちが動いてるんだし、電源がきてると思っても間違いじゃないと思うのだ」
少女が、となりのボタンを押してみる、上向きの三角形の形をしているそれが青白く光った。
「・・・動いたな」
呟いたラスナの声に「そだね」といいながら、少女がうなづく。
「あ〜あ、もう随分道草くっちゃったわね・・・」
ジュンがう〜んと延びをする。
しばらく待つと、前の扉が音もなく真ん中から開いた。中は結構広く十人はいっても窮屈に思わないくらいの広さはあった。四人はゆっくりと乗り込む。すると、待ちかねたかのように扉が閉まった。
―――地面に吸いつけられる感覚
グリードが周りをうろうろしている、なにかを探しているような仕草だ。せわしく周りに首をめぐらしては、あっちこっちに歩き回る。アセンブラがそれにひっついて、彼を不思議そうに見つめている。ふと目が合った。
「何してるのだ?」
ついでに聞いてみた。
「ん?ああ、何か変な感じがするんだ」
「へんなかんじ・・・?」
「ああ」と、彼がうなづく
「何だろうな、こう、オレの後ろにラスナが立ってる感じ・・・かな?」
「ほぇ」と少女がないた。
「・・・俺が、何だ?」
いつの間にかラスナがグリードの後ろに立っていた。グリードが驚いて飛び退く。
「そ、そうこんな感じ!」
「・・・?」
妙な空気が流れた。
その空気を絶ったのは、他でもない扉が開いたことであった。
ここには電源供給が無いのか、辺りは薄暗い。一応全体を見渡せるほどの明るさはあるが。部屋の形は六角形だ、扉らしき物は後ろのものと左のほうにある一つと、奥に大きな物が一つ。六角形の頂点に当たる部分には、太いチューブが何かを送り出すたびに蠢いている。
「ほぇ〜、なんだか変な感じ」
アセンブラの呟きにグリードが神妙にうなずいた。彼も何かを感じているらしい。
「・・・どっちに行く?」
ラスナが問うた。
「あたしなら、奥のほうね」
「アセも奥だな〜」
ラスナがうなづく。分かったという仕草だ。
四人が歩き出す。しばらくして、ラスナが足を止めた。それに気付いた三人が振り向く
「・・・ラスナ、どうしたの?」
ジュンがいぶかしげに聞いた。
「・・・聴こえないか?この音・・・」
「・・・え?」
数メートルはなれた場所、そう彼らが入ってきたところとは別の扉が、勢いよく開いた。アセ達が身構える。扉の奥には、三つの人影。
「・・・貴様か」
ラスナがその一つに、つぶやく。つぶやかれたそれは、一瞬どよめいた。
「あ?何だお前ら!?あぁ!そこの女!!」
影の一つが叫んだ。ジュンの綺麗な眉がピクリと動いた。
「・・・お前」
「・・・ん?」
とりあえずこちらも面識があるようだ。
「ほぇ・・・別のハンターか?」
アセンブラが、不思議そうな顔で大きな眼をぱちくりさせている。
「・・・アセは、先に行ってろ。どうせ、『記憶』のような物は俺には分からん」
「丁度三対三だしね〜」
「ふにぃ・・・まいっか、頑張ってね〜」
アセンブラがブンブンと手を振って、走っていった。グリードがひらひらと振りかえす。
「さて、この前のお返しと行こうじゃねぇか!」
獣人が拳をバシッとつきあわせる。
「女だからって・・・容赦しねぇぜ。」
「あら、あたしはどうせ手加減しないけどね」
ジュンのたおやかな左手に、漆黒のオーラを放つ剣が現われしっかりと握られる。彼女はそれを舞うように振った。
「ふふ・・・踊ってくれる?」
細い男が、1mくらいの鎌を持ち上げる。
「この前のようには、イかない・・・」
しゃらぁぁ―――
ラスナが厳かにに刀を引き抜いた。両手に持ち、低く構える独特の構え。
「・・・あれでは足りなかったか?」
「こんな所で再会できるとは、いい、実にいいな」
「へへ、そうかな?え〜と。ゼリーさんだっけ?」
「・・・リゼだ」
「うはっ、メンゴ」
リゼは少しむっとしたが、静かに構えた。おなじくグリードも、構えた。
「この前の続き、始めるのかい?」
「・・・フン、始めから飛ばしていくぞ」
「上等だぜ・・・」
「おじゃましぁす・・・っと」
空気の抜ける音と共に扉が開いた、そこからアセンブラがひょっこりと顔を出す。そして、ゆっくりと辺りを見回した。
「あれあれ・・・?」
そこは遺跡の中とは思えない現代風の機材が並ぶ空間。人の姿は見えない、不審に思いながらも中へと入る。後ろでは、既に戦闘が始まっているようだ。少し物足りないが、なんだか相手が決まっているみたいだったので我慢する。手がかりが無いか見渡す。
「不思議だな、遺跡にあるはず無いのに・・・お?」
彼女が一つの端末に目をつけた。ゆっくり歩み寄る。
「このタイプは・・・ちょっと前の奴だな」
試しに電源の部分を押してみる。驚いたことに、起動した。何かの研究記録、少女は軽く読んでみようと思った。
まず見出し―――
「・・・え・・・?」
ズガァァァンッ―――
グリードの踏み込みに地面の一部が大きくえぐれる。
「おらぁ!」
ドゴォッ―――
振り出された彼の拳をリゼが左腕で受け止める。物凄い衝撃に、リゼは体勢を崩しそうになる。
「クッ・・・あぁぁぁ!!」
叫びと共に繰り出されるリゼの強烈な右ストレートが、グリードの顔に突き刺さる。グリードは思い切り吹っ飛んだ
ドガァッ―――
そのまま壁にめり込んだ。砂煙が舞う。
「・・・なんて男だ」
リゼが腕を摩りながら言った。
後ろに存在感。
「そいつはどうも・・・っと!」
「何っ!?」
咄嗟に右手を伸ばす、リゼの頭の中で何かが弾けた。
―――BW起動―――
キィィィッ―――
派手な金属音、薄暗い空間を火花が彩る。細い影が大きく飛び退いた。
「・・・」
スゥ―――
ラスナが受け止めた剣をゆっくりとおろす。余裕の構えだ。
「くっ・・・」
「・・・終わりか?」
「くそぉ!」
細身の男が、鎌を振る。微かな法力の流れ。不意に男の姿が揺らめいた。
「・・・!」
バサッ―――
ラスナは咄嗟に飛び上がる。僅かに遅れて、ラスナのいた場所に斬線が走った。跳躍したラスナは、身を翻し天井に足をついた。
「ちっ・・・」
間髪おかず天井を蹴る。同じように斬線が閃く。着地、また地を蹴り、今度は地面と水平に走った。今度は高めに残線が走る。あのまま跳び上がっていれば、鎌の餌食になっていただろう。
ズサササァァァ―――
ラスナが足でブレーキをかけながら地を滑る。
「フフフ、まさか全部避けるとはな」
男の姿は見えない。声だけがとても近くに聞こえる。
「・・・」
ラスナは無言で、周りを警戒している。
「フフフフ、今度はどうかな?」
「・・・ふん」
ドガァァァッ―――
ラスナが後ろに跳躍する。先までいた地面がえぐれる。
ズガガガガ―――
じわじわと斬線が、彼を追いかけてきた。かなりのスピードだ、バックステップではすぐに追いつかれる。
ついに、斬線がラスナの、目の前まで迫る。このままでは次の一撃で決まる。
―――と
ダァンッ―――
ラスナが、急に前へと走った。
プシュッ―――
僅かにかすった斬線が、彼の右頬を浅く斬った。
「フフフ、次は・・・」
男が姿をあらわした。始めと同じように鎌を構えている。二人の距離は10m程。
「・・・黙れ」
ラスナが呟いた。かすっていたのか額のバンダナが切れて音も無く地に落ちる。
そこには―――
「貴様・・・それは・・・!」
男の呟きを、ラスナは無視した。
「・・・お前の法技くらいなら、俺でも出来る」
ラスナの姿が揺らめく、動いたとは誰にも分からない。
男の脇を風が通り抜けていった。
ブシュウゥゥゥ―――
男の胸から黒い液の霧が吹いた。何が起こったかも分からない。ラスナは先程と同じ場所で、こちらを見つめている。変わったのは刀の先に黒い液体が少し付着していること。足がふらつく、胸の辺りに鋭い痛み、男は自分が斬られたのだとようやく分かった。ゆっくりと倒れる。
「これが・・・憑かれし者・・・」
「・・・それは過去の話だ・・・今は、違う」
ドサァ―――
刀を納め、ラスナが歩み寄る。しゃがみ込んで男の脈をみた。次は仰向けにして、眼を開いてみる。
「・・・気絶したか、大丈夫そうだが・・・」
その前にと、コートの内側から予備のバンダナを取り出していつものように頭に結ぶ。そして、次に小ビンを取り出した。医療用ナノマシンだ。
「ベルセルク・・・か」
ベルセルクとは、一体―――
「はっ!やっ!たぁっ!!」
かけ声と共に黒い剣が文字通り舞う。そして舞うたびに、獣人の身体を浅く切り裂く。
「ちっ・・・」
「よわ〜い・・・はずれね」
ジュンが、ふっと鼻で笑った。
「な、なめるなぁ!!」
オオオオォォォォォ―――
ジュンの左腕に取り付けてある大きな黒い法珠が、唸り声を上げた。何かを感じ取ったのか。
「うおおおぉぉぉぉ!!!」
獣人が、吼えた。そして、その姿が醜く歪む。
ビキッ――ビキッ―――
「何こいつ・・・」
ジュンが緊張した面持ちで、構えた。目の前には
「グルルル・・・」
もはや、人間の姿すら留めていない。顔は前にせり出し、まるで肉食獣のそれを持つ。大きく膨れ上がった腕や身体には、針のような毛が覆っている。腕の先の手には黒く金属の光沢を持った鋭い爪―――
獣人。人の亜種、その名の通り獣をその身に宿す者。亜竜人とは違い、変身によりその真価を発揮する。
獣が地を蹴る。速い。
「・・・!」
ガキィィィッ―――
獣の攻撃を、黒い壁が防ぐ。ジュンの使い魔、セイブルだ。彼女が呼び出したのだろう。半ば驚きながら、ジュンはにっと唇を吊り上げた。
「やっぱり・・・こうでなきゃね!」
バシュッ―――ドォォォンッ―――
何かが飛ぶ音の後に続けて、破砕音。二つ目の砂煙が上がる
「・・・ハァ・・・ハァ」
リゼが呼吸を荒げている。咄嗟のことに無理な運動をしたのであろう。
キュルルルル―――
先程飛んだ何かが、リゼの右腕に戻る。BW―持ち主の身体に連動させ、彼の血肉となる武器。肉体改造兵器の総称―彼のそれは爪型の三つの刃が白銀の照り返しをみせている。彼はそれを見た。首に直撃したはずだが、血すらついていない。
「・・・?」
パラ―――
「あ〜、びっくりしたぜ」
砂煙の中から声が聞こえた。なんでもない風な声音。
「・・・何故だ」
グリードが現れる。不思議そうな顔で
「何が?」
バシュゥッ―――
「おっと」
高速で飛来した爪をグリードがかわす。続いて、リゼがワイヤを巻き取りながら突進してくる。ボディブロー
ドゴォッ―――
「おふ!」
グリードが踏みとどまる。そのまま体勢を低くして足払い、リゼが軽く上に跳躍、それを狙ったかグリードが足払いの回転を利用して猛烈な回し蹴りをリゼの腹にぶち込む。
「おらよぉ!」
「ガハァ・・・!!」
跳躍した所為か、リゼがそのまま吹っ飛ぶが、空中で身をひねり体勢を整えた。前にグリードの姿は見えない。彼はあえて前に突っ込む。
数瞬遅れて、グリードのストレートがその場所を横切る、グリードは外したのもお構い無しに片足をブレーキに滑りながら向きを変えた。
バシュッ―――
「だぁ・・・!?」
グリードが驚いた声をあげながら飛び退く。銀色の爪がかすめた。
キュルルルルル――――
「おっとっと」
そして、高速で戻ってくるそれも避けた。
「ちっ・・・おおぉぉ!」
リゼが突進する。
「セイブル!!」
オオオォォォオ―――
獣の足元から飛び出した黒い影がその腹にぶち当たる。
「ガァァ!・・・グルル・・・・・・」
獣人はわずかに吹っ飛ぶが、すぐに身体をひねって体勢を整える。
「ったく、しつこいわねぇ・・・」
ダンッ――――
獣が地を蹴った。一気に距離を縮め、その爪で攻撃。
「もうっ!」
ジュンが身体の軸をずらしながら、その攻撃を剣でさばく。恐ろしい猛攻に高い金属音が幾重にも重なった。
「ガァァァァ!」
「きゃっ・・・!」
ガギィッ―――
強烈な一撃に、ジュンが防御しきれず後ろへ飛ばされた。
「やったわね・・・もう手加減しないんだから!」
ジュンが、目を閉じる。そして集中。黒い法珠が漆黒の輝きを放った。
「ガァァァ!」
獣人が突進しようと、身を屈めた―――が
「・・・させない!純粋なる闇の檻!!」
瞬間、獣人の周囲に闇の円が生まれる。その端から、無数の闇の柱がまさに檻のように上へと伸びた。突進した獣人はその柱のいくつかにぶち当たって動きを止めた。円が獣人の大きさに合わせて小さく縮まる。
「うふふ、実力の差を思い知ることね。暗黒と恐怖を貴方に・・・」
「グルルル・・・」
今まで檻の形をしていた円よりも大きい円が現れた。それは、丁度口のように、そして自分が口であると誇示するかのように大きく鳴いた。
オオオオォォォォォ―――
それはまさに慟哭。そして、ゆっくりと口の両端が閉じ始めた。獣人を閉じ込めた檻を飲み込みながら。
「ガァァァァ・・・ガァァァ・・・!」
「ふふ、大丈夫。死にはしないから」
ズゥゥゥン―――
口が完全に閉じる。檻を完全に飲み込んで。そして、またゆっくりと地面の中へ戻り始めた。
口が消える。その場所には元の姿に戻った獣人が気を失って倒れていた。
「おしまいっと」
ジュンがう〜んと背伸びした。
そこには、「記憶」と呼ばれる遺産とは程遠い内容が記されていた。
『第三回ドール計画』
見出しにはそうあった。
「ドール・・・」
ドールとは、人間とクリーチャーの情報を掛け合わせた戦闘兵器のことである、クリーチャーと混ぜ合わせた所為なのか、法力の精製器官を持たず、そのため法力を込めた法力石を身体に取り付けて稼動する、そう、電池を入れて動く玩具のように。ドール計画は第二回まで一般に公表されているが、第二回では遺伝子レベルから合成された完全な人間体とそれまでのドールには存在しなかった法力の精製器官に代わる新しい器官が取り付けられたらしい。だが、それは、クリーチャーの暴走によって研究所は破壊され、失敗に終わったらしい。その後、この研究は、倫理的な判断から禁止された。
―――はずである。
「責任者・・・ジェリオ、所属は・・・フェリベルト研究地区」
フェリベルトは、隔離都市からはるか北の地方にある巨大なギルドシティだ。
「取りあえず、コピーしとこう・・・」
アセンブラは、万能記録ディスクを端末に差し込んだ。
ドシュゥッ――――
「うごぅっ!」
ドゴォ――――
リゼの強烈なパンチと共にブラッディ・ウェポンの射出音が重なった。攻撃と共に射出して威力を格段に上げたのだ。グリードが吹っ飛び、壁にぶち当たる。
「・・・この一撃で・・・何故・・・かすり傷一つついていないのだ!?」
「いててて・・・今のは効いたぜ」
グリードが、砂埃を払いながら立ち上がる。
「・・・何故だ?」
「さてね。そういう体質」
「ちっ!・・・」
「あれ喰らうのは、もう勘弁したい所だなぁ」
「なめるなぁっ!!」
ダン―――
リゼがまたもや突進する。
タッ―――
グリードが跳び上がった。
「何!?」
リゼが突進を止めて、上を見る。
「おっと、上にはいないぜ」
何故かリゼの下のほうから声が聞こえた。右手のブラッディ・ウェポンの突出部分が引っ張られる。
ブチィィッ――――
「グァァァァァ・・・」
リゼが、激痛に絶叫を上げた。
「あれ・・・?うお!血ぃっ!?」
グリードが驚いたような声を上げた。どうやら、身体と繋がっているとは思わなかったらしい。
「わ、わりぃ!痛かった?」
呆然と突っ立つリゼに、グリードが手をあわせて謝る。――と
リゼがドサリと倒れた。
「あちゃ〜・・・ゴメンネ」
グリードが頭をかく。