第5章
「・・・で、要するに、『記憶』は無くて、あったというか、いたのは、人形だけだったって訳だな?」
右目の所に傷がある男、ジェイクは、そう言って椅子に深く腰掛ける。ギュウという音が、不機嫌そうに部屋に響いた。
「そういうコトね」
さらりと、ジュンが応える。この部屋には今、グリードとジュンと、ジェイクしかいない。
アセンブラは心配性な医者が絶対安静を唱えて、半ば無理やり病室のベッドにはりつけになっているし、ラスナはその病室の前で、腕組みしたまま壁にもたれかかっていることだろう。
「これ、アセが持っていた物よ。多分そのデータが入ってると思うけど」
そう言って、ジュンがポケットから小さなディスクを取り出し、透き通ったガラスのテーブルの上に置く。耳につく高い音が鳴った。
「ふむ、ご苦労さん」
ところで、とジェイクが話を切り替え、テーブルの上に両肘を置いて、
「その人形を良く見たか?」
「いいや、俺たちは見てなかった。アセとラスナとイブが見てたんじゃねぇか?」
グリードが言う。
「そうか」
ジェイクは諦めたように、また深く座りなおし、
「取りあえず、お前達4人分の報酬は後日支払おう。今回の件、ハンターズ副市長として感謝する」
「堅苦しいねぇ」
グリードが苦笑した。
「また、泣いたのか・・・お前は・・・」
自分の顔を押さえながら、ゆっくりとアーリィがつぶやく。
「あぅあぅ、ごめんなさいですぅ・・・でも、でもでもえ〜とっあのぉ・・・」
なかば泣きそうな顔をしながら必死で説明しようとするイブの頭を、アーリィの手が撫でた。
「まっ、お前なりに頑張ったみてぇだし、なっ」
「にっ」と笑いながら、イブの頭をポンポン叩く。すると
「・・・リーダー!昼飯かってきたぜ」
C・G本部の扉を開けて入ってきたのは、半端な長さの紫色の髪、それと似た色の瞳を持った釣り気味の眼をして、おろしたてのC・Gの制服を着た蝙蝠の羽を持つ男。ガルトである。
「ごくろーさん」「うぁぁっ!?」
アーリィが落ち着いた声で、イブが驚いた声を上げる。アーリィは、気がついたように
「ああ、まだ言ってなかったな。新人の・・・えーと、誰だっけ?」
ガルトの方を見ながら、首をかしげる。
「・・・ガルト・レア・セレイド・・・」
「そうそう、こいつここで働くことになったから」
さらりと言う。
「うぇぇっ!?ふぇぇ??な、何でですかぁ?」
まだ良く事情が分かってないイブ。
「えとな」
アーリィが頬を掻きながら説明しようとするのをガルトの声がさえぎった。
「俺はアーリィさんの、例え敵であっても、救いの手を差し伸べてくれる男気っていうか、何かそういうのに惚れたんだ!」
しばしの沈黙―――
「・・・だとさ」
アーリィが肩をくぃっと上げてお手上げと言うようにため息をつく。イブが「ほぇぇ」と鳴いた。
「ってなわけで!以後よろしくぅ!!」
ビシィッと親指を突きたてた握りこぶしを突き出して決めポーズ。
こうして隔離都市にまた、一人の住民が住みついたようである。
「・・・?」
何かに気付いたかのようにラスナが顔を上げる。ここはハンターズの医療局、アセンブラが入院している病室の前、その扉には『絶対安静』とマジックで大きく殴り書きされたプレートがかかっている、それの下のほうにはその文字の3分の1くらいの大きさで『もし入ったら解剖する』と書かれている。そのプレートには可愛いウサギの縁取りがされているだけに、異様な恐ろしさをかもしだしている。その反対側の壁には非常口のある方向を教えるためのランプが緑色の光を辺りに撒き散らしている。
「招かれざる客か・・・」
そう呟いて、非常口の方向へゆっくりと歩き出した。
「あら・・・?」
隔離都市の街中、メインストリートを歩くジュンが、上を見上げた。
「?・・・どした?」
グリードが尋ねる。ハンターズ本部からの帰り。彼もつられて上を見上げる。
「雨・・・降りそうね」
「ん・・・」
隔離都市の空、高いビル、そしてこの街の名前の由来となった巨大で圧倒されそうな真っ黒な壁で区切られた小さな空、その空が鉛色の雲を溜め込んで重々しい様子を見せている。
「・・・あたし」
ジュンが上を見ながら呟いた。グリードが顔をジュンの方に向ける。
「ん・・・?」
ジュンは上を見上げたままで、顔が良く見えない。だがグリードはとても悲しそうな顔をしてるように見えた。ジュンが彼の方を見る。彼女の顔は意外と明るかった。綺麗な唇から声が紡ぎだされる。
「・・・アセちゃんとこ行くわね。どうせまだ会えないけど、心配になってきちゃったわ。あんたは?」
突然言われて、彼は言葉に詰まった。言われたことを整理して少し考える。そして
「ああ、俺はいったん帰るよ」
特に何もすることは無かったが、先程の彼女の様子をみると少し一人にしたほうが良さそうだった。
「あ、そ。じゃぁね」
「・・・またな」
ジュンは、もと来た道を引き返す。グリードは真っ直ぐ歩き出し、少し行った所の角を曲がった。
――また、戦えなかった。大事な人が危険な時にあたしは、何も知らずに遠い所にいる―――
―――あの日も―――
「ようっ」
後ろから、いきなり誰かの声。
「きゃっ!?」
ヒュウ―――
気取った口笛の音。ジュンは後ろを振り向いた、そこには青いC・Gの制服をまとった。碧色の髪に派手なピアスのアーリィと、いつも彼について来ている紺色の髪を頭の両側で結った同じ型のオレンジ色の制服を着たイブ。イブがぺこりと頭を下げる。ジュンはアーリィを見ながら
「な、何よ・・・」
口笛のことだろう。アーリィがにやりとして言う。
「イヤ、思いがけず可愛い声が聞けたんでね」
ジュンはむっとして、小さな声でつぶやく。
「ちょっと・・・考え事してておどろいただけよ」
「ん?」
二人には聞こえていなかったようだ。ジュンが話をそらす。
「・・・で、何しにきたの?」
「アセさんのお見舞いですぅ、ジュンさんもですかぁ?」
良くみるとイブは小さな箱を持っている、アーリィは花束を左手に持ってぶらぶらさせていた。
「そうよ」
イブがにっこり笑った。アーリィが目を逸らして右の頬を掻いている。
「じゃぁ〜、一緒に行きましょうですぅ」
ジュンがイブに微笑み返す。そして、3人は一緒に歩き出した。
「・・・貴様か」
ラスナが、路地の角を曲がってきた男に声をかける。
「お、出迎えかい?」
ぼさぼさの頭、つりあがった細い目に淵が黒みがかった紅い瞳の男。あの遺跡で、イブに氷漬けにされたドール。
「・・・良くあそこから抜け出せたな」
男が「へへ」といいながらにやりと笑う。聞いて欲しかったようだ。
「あいにく、スポンサーがいてね」
「そうか」と小さくつぶやく。そのリアクションに男はむっとしたようだが。
「今日は、あの生意気なチビはいないのかい?」
そう言われて、ラスナはそれが誰かわかったようだ。
「それを彼女の前で言ってみるんだな・・・微塵にされるぞ・・・」
彼女とは、勿論アセンブラだが―――
「へぇ、そりゃ恐いねぇ。あいつの前で言ってみてえぜ」
信じていない様子で、ニヤニヤしている。ラスナが腰をかがめながら、背中の大刀に手をかける
「残念だが・・・・・・」
すらぁぁぁ―――
言いながらその大きな刀を抜く。鉛色の空に黒い刀身が持つ白い刃が映えた。それを男へと向ける。
「その時の彼女を止めるこっちも迷惑だからな・・・ここで、阻止させてもらうぞ・・・」
男が嬉しそうに、さらに笑いの表情を深くして構えた。眼の淵の黒みがかった部分が徐々に薄れ、深紅の眼へと変わっていく。
「やってみろよ・・・できるもんならな!!」
叫びざまに男が地を蹴り、ラスナに向かって突撃する。彼は刀を右手に握ってだらりと落とした構えで、その男を見つめる。
ヒュッ―――
男の左腕が刃上に変化し、逆袈裟に斬りつける。ラスナは一歩下がってそれをかわした。男が舌打ちし、右手を針状に変化させてつきをくりだすが、軽く身体を右に逸らせてそれをかわし、くるりと旋回して男の腹に蹴りを入れる。
「ちぃっ!」
男が、悔しそうな声を上げる。ラスナが「・・・なるほど」と呟いた。男にダメージは全く通っていないようだ。男が、前へ踏み出す。そして、ラスナに向かって蹴りを繰り出す、それを身をかがめて避け、さらに空中で繰り出された回し蹴りを後ろに跳んで避ける。――が
「・・・!?」
突然後ろの地面から何かが突き出す。彼は間一髪でそれを避けるが、その何かは彼めがけて軌道を変えさらに敷き詰められたタイルの地面をえぐる。それは人の人差し指ほどの銀色の触手。正体を見極める間もなく、男が迫る。
ガギィィィ―――
男の蹴りを刀で受け止める。金属のぶつかるような音が聞こえた。直後地面から再び触手の攻撃。回転しながら上へ跳躍。
「ははっ!避けるだけじゃ、勝てねぇぜ!?死にな!!」
男が嬉しそうな声を上げる。ラスナが右手に力をこめた。大量の銀色の触手が地面を抉りながら一斉にラスナめがけて襲い掛かる。
「・・・安心しろ、もう終わりだ」
ラスナが再度構えを取ったその時、全ての触手が彼を貫く――――
――――雨が、ゆっくりと降り始めた。
「はぁ〜」
鬱陶しい雲模様に、自然とため息が出たグリード。降るならさっさと降れと心の中で抗議する。
「君かね、グリード君とは」
突然後ろから、声がかかる。振り向くと、白いローブを被った男と黒のローブを被った男の姿、どちらもフードを深く被っていて顔がわからない。と、白い方がフードを取る。
「へぇ・・・」
その男は、髪も肌も真っ白で、眼だけが恐いほど真っ赤な男。そういう男を、以前に仲間達から聞いたことがあった。
「あんたかい?人型のクリーチャーってのは?」
その問いかけに白い男がククと笑う。無気味で嫌悪を感じさせる笑いかた。真っ白な唇が言葉を発した。
「正確に言えば、キミと同種だよ」
ふーんと気の無い様子で答える。不思議なことではなかった。
「じゃぁ、ドールかい?」
取りあえず聞いてみる。
「そうとも言えるが、少し違う」
謎かけの様な言葉で、グリードは混乱したような顔をした。
「ククク・・・まぁ、そんなことはどうでもいい。今日はキミに会わせたい人がいてね」
黒いローブの男が前に出る。そして、ゆっくりフードを脱ぐ。
「・・・あんた」
先日遺跡で倒した銀髪の男、リゼ。その男は無表情で、白い男と同じような真っ赤な目をしていた。
「ククク・・・分かるかね?彼とは契約したのだ。命を得る代わりに、私の力になるという、な」
リゼ、否、リゼだった物がゆっくりと構える。グリードが哀しい眼をして、同じように構えを取る。
「・・・オレは・・・」
呟いてゆっくりと息をはく。決意した表情で、リゼの影に言った。
「すまねぇ、オレにはこれくらいしか出来ねぇ・・・」
―――ぽつ、ぽつぽつ――
静かに、雨が降り始める。
猛烈な風の音―――
ラスナの姿が蜃気楼のように歪み、そこから風が舞い上がった。彼に突き刺さったように見えた触手は、一瞬のうちにバラバラに引きちぎられ、青色の血潮を噴出しながら、勢いを増した雨の中に混じって天高く舞い上がる。
「・・・!?」
もといた場所にラスナの姿は無い。男は辺りを見渡すが、彼の姿どころか人影すらない。
ふと、自分の上にだけ雨が降っていないことに気付いた。はっとして上を見上げる。
コートが羽ばたきのような音を発しながら、こちらに向かって急降下する白い猛禽、無表情な顔で、黒瞳で、冷静にこちらを見つめる眼がすぐ眼前に迫っていた。振り上げた大きな刀が振り下ろされる。
ドッ―――
何かが宙を舞った。一瞬の静寂、何もかもが止まったような数瞬、ただ雨の音が遠くで聞こえた。
ボトッ――――
その何かが地面に落ちて、音は雨にかき消された。
「あ・・・アアアアアアアアアアアア・・・・!!」
男が悲痛の声を上げる。男の右肩から先が無かった。それは、今地面に転がって紫色の血を吐いている。
そして、男の右肩も――
「・・・なるほど、血の色もハンパか・・・」
ラスナが呟く。黒髪が雨に濡れて顔に張り付いているせいで、顔が良く見えない。そして、大きく目を見開き腕の無い右肩を押さえている男の首筋に、刀を当てた。そして、ゆっくりと口を開く。
「・・・一つだけ、聞かせてもらおう」
男は、頭を垂れたまま聞いているのか分からない状態で苦悶の唸り声を上げている。構わずにラスナは続けた。
「・・・この程度の実力でアセに勝てるとでも思っていたのか?」
男は答えない。もう既に動こうとしない。さらに続ける。
「・・・貴様は弱すぎる・・・そして、救えない」
そう言ってから、刀を大きく振り上げる。男はゆっくりと顔を上げて、口元の端をぎこちなく吊り上げて
―――笑った。
肉の断たれる音が雨音に溶け、そして消えた――――
ガチィッ――――
蹴りとひじが交錯し、二人はその格好のまま、少しの時間が流れた。雨は勢いを増し、灰色のタイルにたくさんの水しぶきを上げている。
バッ―――
二人が、間を開ける。グリードは、雨にぼんやりと白く浮かぶ人影を見つめた。銀髪は濡れて垂れ下がり、生気の無い顔で、しかし眼だけが赤く輝きを放っていた。
「ちぃ・・・」
リゼが構えなおす。そして、地面を蹴った。
「仕方ねぇ!」
グリードは、リゼが突き出した拳を頬で受け止める。足を踏ん張り、頬にリゼの拳をつけたまま、身体を半身に構えた。
後ろに構えた腕が、一瞬のうちに変形する。それは、紅い篭手のような姿をしていた。グリードが歯を食いしばる。
キィィッ―――
篭手の手首の部分から、光が輪のように噴出する。そして衝撃波と共に神速の拳が突き出された。
ドゴォォォ――――
土煙が舞い上がり、物凄い音が街道にこだまする。リゼの身体が宙を飛び、遠くの石床に落ちた。
パンパンパン―――ゆっくりとした尊大な拍手が響く。グリードがゆっくりと立ち上がり後ろを見た。
「ククク、流石だ。私の見込んだとおりだよ。合格だ」
「てめえ・・・何言ってやがる」
「キミには我々の同士になる資格があるということだよ、グリード君。さあ、我々のもとに・・・」
男の言葉をさえぎり、グリードの怒号が響く。
「ふっざけんじゃねぇぞこの野郎!!てめえはゆるさねえよ!!」
グリードが地を蹴り、男に殴りかかる。
ガッ―――
男は受け止めるが、じりじりと後ろへ押されていく。
「クッ・・・この力・・・!仕方がない」
男の姿がスッと透け、グリードが前につんのめった、そしてそのままこけた。雨で出来た水たまりが、バチャリと音を立てた。
「クソッ・・・!」
起き上がって、後ろを見ると既に男の姿はなかった。
雨で下水溝へと流れていく紫色の血を見ながら、しばらくの間突っ立っていたラスナがぼそりとつぶやく。
「・・・なるほど、偽者というわけか・・・」
そういうと、右手に持っていた剣を軽く振り、華麗な動作で背中へと固定した。
「・・・厄介なことが起こりそうだな」
雨は小振りになっていた。
「・・・で、おっさん、スカウトはどうなったわけよ?」
「失敗したようだ、やはりプロトタイプは育ちが違うようだな。ククク・・・」
「笑ってる場合かよ」
白い男と、遺跡にいた男が話し合っている。
「まあ、しかし他の同志達の場所は少しずつ分かってきている。彼一人いないくらいで戦力不足にはならない」
そして、男はククククと怪しい笑みを浮かべた。
「はぁ、アセさん何ともなくてよかったですぅ」
イブがにこにこしている。アセンブラが入院して二日がたっていた。医者の面会謝絶もとけて、たくさんの人が彼女の見舞いに来ていた。
「おぅ、もともと何ともなかったのだ!」
ベッドの上で彼女も笑っている。イブがなにやら包みを取り出した。
「あのぉ、これプレゼントですぅ」
アセンブラが「おお」と言い礼を言って受け取る。
「開けてみてくださいですぅ」
開けると中身は紅い石が散りばめられたアクセサリだった。アセンブラが「うおお」と歓喜の声を上げる。
「えとえと、それはあの・・・アセさんの法珠割れちゃったから・・・」
「割れたので作ってくれたのか?嬉しいのだ。ありがとうっ」
アセンブラにお礼を言われて、イブが顔を真っ赤にする。
「あぅあぅ、使ってくれたらうれしいですぅ」
アセンブラが大きくうなずく。
「うんっ、大事にするねっ」
第二部 完