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『敦盛』にありますが、小生は悲愴感で無く、人生を貴重な自己生命の展開の場、チャンスと思って居ます。かく云う小生も今五十路にとっぷり漬かって明日の生計の為に、四苦八苦している有り様でした。三十路の頃、長年関わって居たデザイン関連の仕事が、時代の流れで他の業界と同じく、パソコン無しにはどうにもならない時代に突入しました。小生もパソコン音痴ながら必死にIT関連の業務に飛び込んで行きました。其の頃或日、なんとは無しに瞑想的な一時が訪れ、或イマジネーションが浮かんだのが、当サイト「中仙堂」の時代小説《修羅の時代(しゅらのきせつ)》でした。先ず浮かんだのが、数百頭の野生馬の走りです。前述の作品をお読みになられた方は、ああ、あれかとお気が着かれると思います。それから十五年程してインターネットにアップロードした次第です。その小生の想いとは、愚かにも、小生の作品が映像化出来ないで有ろうかと云う、図々しい願望であります。 |
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《修羅》では、いにしえの大和民族がどんな価値観を持って居ただろうか。また我々以上に情の人々だったであろうと、想像を逞しくし、実際には無かったであろう事ども、書き列ね、そうこうして居る内に、いにしえ人と心が繋がったような嬉しい心持ちを感じたり致しました。この作品を多くの人々に読んで頂き、愛情、友情、忠誠心、愛国心、等を共に分かち合いたいと思いました。 《修羅の時代》を訪ねて…
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もしも…正夢だったら 小生作の《修羅…》ですが、長篇アニメ、実写版どちらもすばらしいですね。脚本は実力派の方にお願いしたいです。昔の東映動画『安寿と厨子王』の作品、ご存じですか。あの作品が幼児期に心を動かしたものです。実写でしたら、黒澤映画は皆さん記憶に新しいですか。BGMは私の希望は、日本の心を知り尽くした、黛敏郎先生の『涅槃交響楽』等、切望して居ます。真っ暗闇の中、古都の仏閣で久遠の昔から継承された、日々の勤行。その光景から、軈て次第に白んで来る下界。東方に輝く陽炎が見え始める中、遥か彼方より、響き渡る、無数の梵鐘。一日は静かに始まる。愈々『涅槃交響楽』の最後のクライマックスと共に、古都の賑々しい街。人々の生活がクローズアップされる。さて《修羅…》の始まりです。
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※誠に身勝手な事を書き列ねて居りますが、老爺の長年の夢とて、此の場を借りた愉しみの世界でしか有りませんので、下記キャストにてご不快を召しても何卒御容赦下さいませ。 夢のキャスト(敬称略) 源 義経 ……… 中村 獅童 馬子おせん ……… 板東玉三朗 武蔵房弁慶 ……… 中村吉右衛門 梶原 景季 ……… 東野英治郎 源 頼朝 ……… 仲代 達矢 金売り吉次 ……… 若山富三郎 大場政太郎 ……… 勝新 太郎 善照寺 ……… 滝田 栄 平清盛 ……… 大滝 秀治 木曽義仲 ……… 杉良 太郎 館脇 某 ……… 竹脇 無我 渡辺 良介 ……… 渡辺 謙 平 通経 ……… 池畑慎之介 阿闍梨 ……… 笠智 衆 常 盤 ……… 森 光子
エキストラ 30000人 (源氏、平氏の総軍勢) 音楽 大和フィルハーモニー 監督 黒澤 明 脚本 ?????? クランクイン 平成二十年一月十五日 《修羅の時代》題字 武者小路実篤 tanabota wo matte inemuru satukiame nakasendou ![]() ![]()
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《修羅》の作品が出来て後、暫くして義経と云う人物に何か憧れを消し難く思い、何とは無しに書き始めたのが、「巷説牛若苦労話」でした。つくづく思います事は、義経と云う人物は不思議な魅力を持ち合わせた方だと思います。此処では常盤御前との親子の情愛を描きました。昨今日の本では親子の情愛も紙の様に薄く成りつつ有るとか。そう云う我が家は人情紙の如しと云っても、特厚の段ボール紙を六、七枚合紙した程で、些かも心配は無い様です。 「あれを持たせておいで。」 《巷説牛若苦労話し》より |
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修羅…》ではTいにしえ人Uの鯨捕りの場面があります。しかし、是こそ「見て来た様な嘘を云い…。」でして、我が國日本でも、大掛かりに捕鯨を始めたのは、江戸中期以後の事です。千葉房総沖と紀州半島に於いて等が有名です。ましてや、鄙びた東北の寒村等で(現在は牡鹿半島の鮎川は、つとに有名ですが。)鯨を組織的に捕るような事は無かったと記憶しています。勇壮なTいにしえ人Uのロマンとして取り入れて見たかったのです。弁慶の生地が確か紀州半島で、漁師の出と記憶して居ましたので、「こりゃ面白いかな。」と思った次第です。 《修羅の時代》で背水の陣をイメージして展開した筋書きがあります。背水の陣と云えば中国の「史記」淮陰侯伝、名将の韓信が趙軍と交戦時、川を背に陣を築いた故事にあり、配下に決死の覚悟を求める軍略の一つで、一歩も退却出来ない絶体絶命の状況を自ら求める覚悟を云った。又、羅馬の名将シーザーが敵軍に攻め寄せる時、背後の味方の軍船を焼き捨てたと云う全く、聞き齧りの故事をこじつけた、小生の浅はかなストーリィ展開です。しかし、「盛衰記」の鵯越えの段は此れも、正しく背水の陣そのもの、義経には此のような常識を超越した発想、行動力が似合う魅力の一つ。史実には有りませんが、何となく有りそうな話と思いませんか。 |
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●腰越状 ●弁慶の泣所 ●判官贔屓 ●内弁慶 ●平家に非ずば人に非ず ●義経の八艘飛び ● |
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外部リンク |
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