|
[605] nabesan [関東] 2005/02/05(土)0:08
友
朋遠方より来る 又楽しからずや
木の実の熟する如く 機熟して
相会う処に 真の友あり
朋、友に関する名言は多いですが、とも、とは共に遊び、共に暮す処から発生した言葉でしょうか。はい、勿論私には多くの朋友が居ます。遠方にも多々居ましたが、時節と云う者が矢張り有るのでしょうか。最近友人との懐かしい旧交を暖める機会が増えつつ有ります。こんな嬉しい事は有りません。
友は一番の私の財産です。その次が、家内、息子、そしてホームページ…。と云う事にして置きましょう。
[624] nabesan [関東] 2005/03/05(土)12:39
フェアじゃない。
現在、日本政府はアメリカの牛肉問題による経済制裁に苦慮しているらしい、しかし、日本政府はもっと声を大にして云うべきだ、日本は米国の公的機関による安全検査をパスした、おいしい牛肉は高値で買いましょうと。日本の食肉業者は美味しく安全な牛肉を作る為に、相当心血を注いで居る。(松坂牛を初めとして)日米欧、国は変われど、プロ意識を高めるべきで政治家や業者が勝手に尻馬に乗って居るんじゃ、良い仕事は出来ない。フェアじゃない。
[626] nabesan [北海道・東北] 2005/03/10(木)17:34
私です
《一生を終えて後に残るのは、我々が集めたものではなくて、
我々が与えたものである。》
ジェラール・シャンドリ(小説「氷点」三浦綾子先生)
さーてシャンドリさんが、どのような方か不勉強の私には判り兼ねますが、あちこちのサイトに引用されて居ますので有名な言葉らしいです。この言葉は齢五十代位になると、非常に感慨深い味わいを感じます。小生、未だ恥ずかし気もなく若い気で居りますが、こんな言葉を知ると、甚だ焦る心持ちは隠せないものでございます。人生を知り、死の予感」(暗い悲惨な気持ちではなく。)を共有出来る世代に足を踏み入れて来たのかなとふと思い。さて自分は何をして来たのだろうかと考える私です。
[631] nabesan [関東] 2005/03/15(火)15:15
おっかさん
《瞼の母》と云う名作を御存じでしょうか。長谷川伸の新国劇作品で、年輩の方でも近頃の方は余り御存じでは無いかもしれません。私も幼年の頃、テレビで垣間見た程度ですので、余り詳しくは無いのですが、大筋は分かっているつもりです。行き別れの母、記憶も定かでは無い母の面影を慕いて、主人公の忠太郎は旅をするのです。じっと瞼を閉じるといつも優しい母の面影、しかし、尋ね当てると、思っても居ない様な非情な母に、逢った事への後悔を覚えます。しかし、軈て母には母の熱い想いが有り、観る者の心を熱くさせるのだった。…と云う筋書きだったと思います。人間には?#92;と裏が有ります。どちらが真実か、簡単に決められる事では有りません。一つの考え方として忠太郎の心に描いた母こそ本当の母の姿だった。と観る見方も在れば、いや、其れは忠太郎の身勝手な母親像ではないか。と云う見方も在ります。母親だって辛いのよ。そう子供の都合の良い母でばかり居れないわ。と様々でしょうが、矢張り、万人の心に描いた母親像こそ本物の理念の母親像で、未完成な人間としては其れを目指し、生きる努力の中に人間の素晴らしさが在るのでは。勿論今の時代、本物の父親像が問われます。
[634] nabesan [関東] 2005/03/24(木)16:06
田舎の春は未だ遠い
田舎の春は未だ遠い
3月が終わろうとしても田舎の原野には冷たい冷気が漂って居た。
それでも春になると、子供達は、小雀の群れのように、喧しくさえずりだす。
近所の山に行っても、野原に行っても、
子供達の甲高い叫び声は、春を?#92;感させる。
そんな五月蝿い、わらしだった頃、
私も、寒風の中を野原に山に歩き廻ったものだ。
何が楽しかったのだろう。
丘に昇れば「馬っこ山」がやさしく見下ろしている。更に奥の栗駒山から、とびきり寒い風が、北上川を超えて吹き付けて来る。
[637] nabesan [関東] 2005/04/01(金)11:41
哀しいなあ
中国・韓国に古くからある道教や儒教の概念“孝”に
両親から受け継いだ個体は『身体髪皮これを父母から授く、あえて毀傷せざるは孝のはじめなり』と云うのがある。先般ご存じの領土問題で、自分の指をあえて毀傷せる御夫人や、揮発性燃料で己が身体に火を点じた方をニュースで知った。儒教の概念から云うと、どう云う事なのだろうか。また、憎き対象とは云え一國の象徴である國旗に落書きや、火を放って消却してしまう事は、誇り高き賢人の成す事とは思えません。つい先日まで日韓友好で、互いに和んで居たのは何だったのでしょうか。共に隣人として、大らかに行きたいと思います。しかし、自國の旗に火を点けられても何の反応も示さない日本人が居ると云う事も悲しいなあ。
[640] nabesan [関東] 2005/04/06(水)16:20
誇り高い教育を…
《気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見た者になるだろう。
あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの?#92;言である。》
ジェームズ・アレン(英國の思想家)
日本の多くの若者はいつの間にか、気高い夢を見る事が苦手になってしまった様だ。若者をより偉大な人間に成長させるものは、気高い理想と使命感に外無いであろう。しかし、戦後の左傾化した、個人主義教育の発想からは、利己的な卑小な夢や価値観しか生まれなかった様で有る。白色人種による、植民地支配が近代の世界を大きく揺り動かして来ても、彼等には其の後悔も懺悔も無く、誇り高く生きて居る。東海の或國は、西欧列強に果敢に挑戦し、亜細亜の自尊心と自由を取り戻したが、自らは自虐的に隣國の行き過ぎた批判、苛烈な恫喝を受けて、成す術も無い哀れな状況である。矢張り戦後の、連合国の日本弱体化政策は其の意味で効果を果たした様である。此れは歴史に残る西欧列強の二重、三重の罪であると思う。尤も其れに屈しつつある日本の弱腰もあるが。今後の日本はどうなるのであろうか。単に隣国のいわれの無い批判や許せない恫喝を、手を拱いて受けて居るだけでは、日本は際限なく堕ちて行くだろう。
[646] nabesan [関東] 2005/04/15(金)20:24
近頃世上を思う。
日本の国民も他の国の皆様も人間として、魂を大きく成長させなければいけないと思います。国民の暮らしはどこか他の国が悪い訳じゃ無いのです。よその国の歴史観が間違っているから、とか、隣の国のせいで…なんて、儒教を重んじる国の君子が唱える言葉では無いと思う。君子は何ごとも自分の魂、人格が為せる業であると、決してその責任を他に転化するものでは無いのです。
[653] nabesan [関東] 2005/04/28(木)14:40
経済性第一
《私達はいわば二回この世に生まれる。
一回目は存在するために、二回目は生きるために。》
ルソー(思想家)
二回この世に生まれるって云ったって、そんな覚えは無いと云うお兄さんも居るかも知れません。自覚の事でしょうか。一度目は本能的な生の自覚。これは誰でも有る事でしょう。二度目は魂の自覚かも知れません。昨今、政界から、学問の世界、産業界まで、不正の文字が飛び交っています。現代人はもっと、どう生きるか、生きるべきか、考えるべきだと思います。今回の鉄道の車両事故も、「安全第一」より「経済性第一」を考え、至ったのだと思えます。外交も教育も、医学も、食料自給率の問題も、人口問題も皆、「経済性第一」優先から始まったと考えられます。
[671] nabesan [北海道・東北] 2005/05/23(月)12:29
夢
《気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見た者になるだろう。
あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの?#92;言である。》
ジェームズ・アレン(英國作家)
師谷口雅春先生はおっしゃって居られました。『青年よ、大いなる夢を描け。』最近の若者は夢を見るのでしょうか。現実の雑多な情報に流されて、夢を見るのを忘れてしまったのでしょうか。そうでしたら悲しいですね。
[673] nabesan [北海道・東北] 2005/05/23(月)23:27 [サイト]
困ったものです
都会の日本人は一般に大地に対する想いが希薄のような気が致します。また古代より、日本人は清浄を好み、不浄を厭う心が有りました。しかし、現代のように、辺り?#92;わずゴミを捨てるのは困ったものです。本来の感性を喪失しているのではないでしょうか。一番良く無いのは、「旅の恥は掻き捨て」と云う根性です。それは東京在住の中に、東京に住んで居ても心は流浪の民で、東京を郷土とは思って居ない方も多いのかも知れません。
[675] nabesan [関東] 2005/05/23(月)23:36 [サイト]
《ふるさと東京》
《ふるさと東京》と云っても、目の前がゴミだらけ、幹線道路が「灰皿」と化しています。このままでは、次代を担う若者の感性を劣化させる。と云う訳で、三年前から、毎週日曜日の朝、六時から、清掃を行っています。此の地域のゴミ拾いの一歩から、情操教育も、環境問題も、地域のコミュニケ−ション、信頼関係も展開します。「石の上にも三年」と申しますが三年経過すると、自分も地域も社会も変化します。
[681] nabesan [関東] 2005/06/03(金)11:45
鋼の意志
最近日本の国際性が問われる時代になって来ました。今迄の様に、玉虫色は通用しなくなって来たようです。時として嫌われる事も覚悟で進退を決めないと、抜き差しならない事になる事もざらのようです。個人では立派な人も、対国家間の事になると、したたかな事を要求される時代です。国際間では、誠実だけでは通用しません。そんな事件が多いですね。でも最終的に人の心を動かすのは誠実さ。只強い鋼の意志が必要です。
[693] nabesan [関東] 2005/07/01(金)17:55
しばらくです。
最近の日本の少年に異変が…と言う話題を見聞きして、これは当然の成りゆきではなかろうかと想う。?#92;現の自由、の名の許に、幾多の残酷なマンガや、テレビ、映画がひしめいています。中でも影響の大きいものに、ゲーム、野放しのインターネットがあり、子供達の情操環境はぼろぼろになって来ています。そもそもの原因は、戦後連合国(特に米国)の日本弱体化政策の思想の野放しが尾を曵いている。その後多くの青少年が三無主義などで青春時代を侵され今のゲーム世代の親達が存在する訳で、一体日本はどうなるのか。
矢張り、崇高な明るい希望、夢が此れからも日本を支える。大人達よ、夢を描けです。夢は子供の専売特許では有りません。大人だってまだまだ夢を捨ててはいけません。
[695] nabesan [北海道・東北] 2005/07/06(水)13:09
少年期の友情
《人生から友情を取り去ってしまうなどとは、太陽をこの世から取り去ってしまうようなものだ。
》キケロ(羅馬の政治家)幼年期の友、少年期の友情は何と懐かしいものであろう。青年時代の友情は感傷的で、そして今、壮年時代の友情は心強いものである。
[704] nabesan [関東] 2005/07/23(土)21:46
祇園精舎の鐘の音、所業無情の響きあり、娑羅双樹の華の色、栄者必衰の理を現す。奢れるものも久しからず……。おやおや。片やアメリカ、片やロシア、片や…。日本も心して行かないと。平家物語りの達観した世間を把握した表現は今も生きています。正しく平家物語りは現在迄、二十一世紀まで続き、さらに次代へと続くと思われます。今の世が其の侭、平家物語りの延長です。
[756] nabesan [北海道・東北] 2005/10/27(木)11:16
魂を打ち込む
昔日本刀を「武士の魂」と?#92;しました。正しく刀鍛冶の仕事は魂を打ち込む、の言葉通りの技かと思います。人間と生まれて正しく入魂に比すべき事を成し遂げたいもの。其れは男女の差は無い、いと高い念いの発露であると思います。しかし、偶々此れこそ!!と云う事象、天職等に出会えれば幸いと申せますが、実際に日々の生業に没頭して居ると、中々…。そう、中々です。でも、常に求める心が有れば、必ず其れに出会えると思います。貴重な人生の一時、一時に、其れこそ、魂を打ち込みたいものです。視点を変えれば、日々の生業に没頭して居る中にこそ、魂を打ち込むべき、其れが存在して居るのかも知れません。しかし、毎日仕事に追われるだけで無く、人生に於ける、自分の魂を打ち込むべき、《其れ》に早い時期に遭遇する事は、幸福感を味わえる大切なものだと思います。
[758] nabesan [関東] 2005/11/07(月)12:05
何処迄も
何処迄も蒼いそら。
燦々と燃える太陽の下、一人河の畔の堤に臥せって居る。遠く街の雑踏の音など耳にじっと目を閉じる。大地からはぬくぬくと暖かい熱気が躯を温めてくれる。頬を撫でる風は、少し冷たいが見上げる空は無数の蜻蛉の群れが静かに流れて行くのみであった。北上は滔々、静かに流れる。正に小春日和そのもの。ふと起きあがれば一面、黄金の海また海。蜻蛉洲(あきつしま)また良き哉。
[761] nabesan [関東] 2005/11/09(水)12:46
《もし、ただ一人の人間が最高の愛を成就するならば、
それは数百万人の人々との憎しみを打ち消すに?#92;分であろう》
ガンジー(印度の思想家)
今、世界中でテロ、暴動、が多発している。何と憎しみに満ちた世界であろうか。しかし、そんな世の中で、只管、人を、郷土を、時には異郷の人をも愛そうとする人が居る。そんな小さな愛情でも、繋げ会えば大きな愛の行動が出来る。一人が、屈せず、諦めず、只前を向いて歩く。自分から始まる。いつ迄も待っててどうなる。
[764] nabesan [関東] 2005/11/14(月)12:49
感動の話
勇敢な男は自分自身のことは最後に考えるものである。
シラー(ドイツの詩人)
この言葉を見ると、少年時代に聞いた、大東亜戦争時期の昭和天皇陛下の「自分の命はどう成っても良い、只多くの国民を助けたい」と単身時のGHQマッカーサーに会見された事を思い起こす。
[767] nabesan [関東] 2005/11/16(水)15:34
ぺっと用語?
大分以前認めた記憶がありますが、日本には「しつけ」と云う言葉が有ります。勿論今流行の「勿体無い」も素晴らしい言葉ですが、漢字で書くと、ご存知の様に「躾」美しいからだ、ど書きます。この文字をネットで検索すると《犬の躾》が山の様に出て来ます。最早躾は人間の為の言葉で無く、ペット用語になってしまった様です。
[777] nabesan [関東] 2005/12/06(火)12:44
わかってますか
《相対性原理のことはわからないけど、アインシュタインのことはよくわかっています》(アインシュタインの妻)
何と云う微笑ましい言葉でしょう。しかし、世の中、自分の亭主も、子供の事も良く判って居ない親が多いのじゃないでしょうか。
[782] nabesan [関東] 2005/12/17(土)12:35 [サイト]
最高の愛の成就
最高の愛の成就
《もし、ただ一人の人間が最高の愛を成就するならば、
それは数百万人の人々との憎しみを打ち消すに充分であろう》
ガンジー(印度の思想家)
最高の愛の成就とは如何なる愛であろうか。
正しくキリスト教徒にしてみれば、キリストの愛。
マザーテレサの愛、
終戦の御聖断の後、自分の身体はどう成っても良い。只自分は国民を救いたい。と敵将マッカーサーの前で仰った、おおみこころこそ、多くの人々の命を救ったのではなかろうか。
[785] nabesan [関東] 2005/12/18(日)21:08
昔の日本は人物の宝庫であったらしい
時は元禄五年十二月二四日。夜道も暗し江戸の空。主君を失いし、旧赤穂の志士の面々は、装束改めるや、思い思いは異なれど、主君を思う心は一つ攻めの太鼓は山鹿流の陣太鼓……。しんしんと降る雪の冷たさも、最早彼等を凍らすものでは無かった。指揮するは家老大石内蔵助。続くは内蔵助の子、主税十五歳。
さて、山鹿流と聞いて何を思うか。
さてさて、我が國の尊王の歴史の中、古き時代は神武の御代より、多くの愛國の志士あい続き今に至って居りまするが、時には憂國の名も無き國士に想いを馳せる事も日の本に生れし者として意義のある事と存じ、この山鹿なる偉人を紐解いて見たいと存じまする。我が國の國学の始まりは、藤原惺窩とあり、永録四年、桶狭間の翌年惺窩は家康に貞観政要を講じたとされます。その教えを惺窩より慶長九年に受けた林羅山十八歳にて朱子学の講議をする。昔の賢人は早熟だった様でありまする。山鹿素行は元和八年九歳で羅山に入門されたとか。いやはや全く昔の日本は人物の宝庫であったらしい。
[801] nabesan [関東] 2006/01/06(金)11:04 [サイト]
寸暇を惜しんで
今年の正月は良い事が有りました。寸暇を惜しんで《大日本史》を復刻して参りましたが、到頭「仁徳天皇」の段が完成しました。さて座右に居ました愚息が、共に喜んでくれました。モニターで《生るゝとき、木莵あり、殿に入る。是の日、大臣武内宿禰、亦子を生み、鷦鷯、産室入れり》とありました。さて、復刻に夢中で「木莵」「鷦鷯」の意味を未だ理解して居なかった小生に、息子が携帯で直ぐ調べてくれ、前半の意味がいくらか理解出来ました。無学な小生にとって、復刻開始以来の目的(息子と是の喜びを共に分かつ)が些か叶ったしだいです。
[806] nabesan [関東] 2006/01/17(火)22:29
人間五?#92;年そうです。小生も五?#92;を越えてしまいました。どうしようか…
なってしまったものは仕様が無い、さあ。と云う人生。私は嫌ですね。気分的には図々しいと思われようが、青年です。息子にも心意気は負けません。絶対。…でも人生是はやり遂げたいと思い始めて《時代小説》を始め完成し、もう、いつ死んでも惜しく無いと、思いつつ。しかし、これだけはやり遂げたいと思い始めたのが《大日本史復刻》でも是は、先人が高い理想で、百年かけて編纂したもの。やりかけても、いつ終わるでもない、果てしない話。一歩踏み込んだだけでも幸せかもしれない。大変な長さですが、チンプンカンプンですが、一字一字楽しいですよ。充足感。達成感はあります。
[807] nabesan [関東] 2006/01/17(火)22:42
なんと薄っぺらなんだろう
今何故か、信長を書いてます。
何故でしょう。生き方が凄い。
今歴史ブームで、その一部の実態は、戦国武将ゲーム。私はどんなものか知りませんが。それは誰が強くて戦いで生き残ったか。サバイバルゲームでしょう。きっと。
でも、歴史上の人物、神武天皇、聖徳太子、坂上田村麿、義経、信長、家康。みな同じ肉体を持った人間です。その人間が、どんなに格闘が上手だとか、戦略家だったとかではなく、どんな高い理想で、我々に命をかけて日本と云う掛け替えのない國を残してくれたかと云う、切なかっただろう、苦しかったであろう。そんな流した涙、血が尊い。
と私は思う。そんな腕力や、覇権に思いを込めたゲームの時代ブームはなんと薄っぺらなんだろう。
[815] nabesan [関東] 2006/01/27(金)14:56
行けるのでは無いでしょうか
最近世上を騒がせている、建築業界やIT業界問題の醜聞は過去の我が国には無かったレベルの事件であります。どちらも企業モラルを問われる事件です。一時は飛ぶ鳥落す勢いのライブドアに、或種の憧憬の眼を向けていた親御さんも居たらしい。その《金本位の》価値観こそ、戦後落ちに落ちた日本人の人生観世界観の典型的な姿でしょうか。今日本人は改めて人間として有るべき姿。理想人間のモデルを模索すべき時期では無いでしょうか。戦後の日本は過去の否定から始まりました。二?#92;一世紀は過去のより良きものを肯定する事からこそ、本物の人間、日本人、国際人を生み出して行けるのでは無いでしょうか。
[832] nabesan [関東] 2006/02/18(土)15:43
いい人生とは
良い日は幾らでもある、手に入れるのが難しいのは良い人生である。〈アニ−・ディラード〉
アニ−・ディラードさんはどんな人物かは判りませんが、人生と云うものと生長の家の役割が、この言葉で何となく判る気が致します。
生長の家では人間は神の子と教えられて居ます。そして神様は完全な実相世界を造られ、我々人間はその各々持てる心のレンズを通して、現象世界に反映させて様々な花を咲かせている訳です。
人間は神様から無限の可能性をいただき、平等に太陽の光も、環境も与えられて居ります。
アニ−・ディラードの云う様に、良い日は幾らでもある、日々、好日。嬉しい事じゃ有りませんか。しかし、人生において、人様々な個性ある生き方が運命づけられています。各々の得た才知才覚、無限力を発揮しなければ人生の難関は切り開かれない。難しい。だから人生は素晴らしい、価値あるものなのでしょう。その人生に可?#92;性を切り開く智恵を授けるのが、生命の実相哲学だった訳です。生命の実相哲学によりあらゆる難関を克服し、やがて良い人生を手に入れるのではないでしょうか。
[838] nabesan [関東] 2006/02/25(土)19:21
全くその通りで。
最近妙な話を書いています。私は大分昔より、千一夜物語り、日本の昔話、伝説、神話、西遊記、中国の怪奇小説、捜神記、東野物語、落語他雑多な物を読んだ為か、時々無性に掻きたく、いえ、書きたくなる時があります。たわいも無い話です。勿論出た所勝負。立派な方の様な構想らしき物も余りない、非常に頼り無いものです。落語の『うなぎ』に、「おいおい。一体何処へ行くのだい。」「あっしにも判らないんで、前に行って、うなぎに聞いてくんねい。」全くその通りで。
[845] nabesan [関東] 2006/03/02(木)17:46
最後の一歩は
馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くこともできる。
だが、最後の一歩は自分ひとりで歩かなければならない。
(ヘルマン・ヘッセ)
一人で歩くことは私凡人には中々辛い事です。人に鞭撻を願う事は容易いですが、かと云って其れは甘えそのものかも知れません。
冷暖自知…。難しい。
[846] nabesan [関東] 2006/03/04(土)12:11
気高い夢
《気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見た者になるだろう。
あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの?#92;言である。》
(ジェームズ・アレン)今日本の若者に必要なものは此れだろう。
しかし気高い夢を見るには、自分が何者であるかを知る事が必要である。戦後教育や報道で、作為的に過去の日本の悪とやらを繰り返し洗脳されては、如何なる若者も希望を失ってしまうだろう。心有る日本人は若者に希望を与えなければいけない。過去の日本が総べて善とは云わないが、良き民族性文化は継承しなくては、個人も国も滅んでしまう。日本の素晴らしさは〈ラフカディオハーンやアルベルトアンシュタイン他〉の著名人の著書に証明済みでしょう。気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見た者になるだろう。
[849] nabesan [関東] 2006/03/07(火)17:19
どうかですね
《登山の目標は山頂と決まっている》
しかし、人生の面白さはその山頂にはなく、かえって逆境の、山の中腹にある。
吉川英治(作歌)本当にそうですね。現代の若者の中にニートと云う人種がいるらしい。肴で云えば、一番美味しい処を〈喰わず嫌いをして居る。〉でも私だって逆境という苦味は中々納得し難い事は判っていますが。肚をくくれるかどうかですね。
[860] nabesan [北海道・東北] 2006/03/19(日)18:52 [サイト]
お勧めいたします。
昨年末、小生の父が、召されました。高齢で九?#92;七歳でした。小さい頃から父に愛された記憶が鮮明に残って居ります。父は色んな事で人生を教えてくれた気が致します。そんな父に、親孝行の真似事でも出来たら良かったと悔やむのは、小生ばかりでしょうか。そんな私ですが、よかった事が一つ有ります。高齢の父の、行く末が何となく見えて来ましたので、十年程前、意識のハッキリして居る時分に、こまめに手紙のやり取りをして、小生の先祖の話し、父の半生の様々な事を知り得、A4サイズの新聞に《我が父○○さん物語り》として、父が亡くなって、「偲ぶ会」で、知人にお配りしました処、話題が登り、良い会に成りました。もしかして、父も懐かしんで居たかも。お勧めいたします。
[868] nabesan [北海道・東北] 2006/03/29(水)12:26
《教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。》
M・アドラー(精神科医(1870-1937)ユダヤ系オーストリア人。フロイトの精神分析運動に参加するが、1911年に袂を分かち、「個人心理学」を旗揚げ。「劣等感」(インフェリオリティ・コンプレックス)という言葉を創始。特に生まれつきの身体的欠陥を神経症と結びつけ「器官神経症」と言った。)
此処に教育の光明の片鱗が見える気がします。アドラー氏の言葉に続けて《教えることのできない大人というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない焦燥感、覚めた情熱だけである。》
[916] nabesan [関東] 2006/05/05(金)6:15
倭の地に河は流る
昨今の巷に蔓延る金拝主義、自己中心の生き方は多くの若き日本の将来を担う子供達の魂を蝕み続けて居る。日々日常に起きる事件、その背景に、《やまとごころ》を忘却し切ったツケが有ると思われる。
無学な小生ではあります。
歴史とて、まともに勉学した訳では無く、「生兵法…」の誹りを受ける事は覚悟の上、未熟ながらの人物伝を認める所存です。
暫し見捨てられよ
[949] nabesan [関東] 2006/05/31(水)12:02 [サイト]
大問題ですよ!!
歌は心です。和歌も俳句も皆心に現れた思いを、言葉に表す事です。言霊の國日本では特に言葉には魂が宿ると云われ、大切な事です。教育の場で、こういう現象が現れる事は、絶対、安閑としてはおれないと思います。ではどう対処するかは難しい処です。我々の熱い想い、朽ちる事の無い、愛国の想いを発信する。その輪を広げるしかない。君が代は万国に発信し、誇るべき平和な、お歌です。
[960] nabesan [関東] 2006/06/06(火)10:42
飢を知らず
《人みな我が飢を知りて人の飢を知らず》
沢庵宗彭
残念ながら小生沢庵さまに未だお会い致した事が無く、一度お目にかかり、某かの説法を拝受したいものだったと、思ったり致します。他人の痛いのは何年でも我慢出来るなんて云う方も居ましたが。我が國には惻隠の情(かわいそうに思うこと。同情すること。)と云う言葉も有ります。この心は万国万民共に大事にしたいものです。先のライブドアも今回の村上ファンドも「思い遣る事が人間らしさ」を忘れて居る象徴だと思います。小生ギャンブルは知りませんが、「一人勝ち」は嫌われるそうです。「何が悪い」開き直りそのもの、企業は利益を社会に還元してこそ、成長したと言えると思います。
[961] nabesan [関東] 2006/06/06(火)16:33 [サイト]
エレベーター
米国宇宙協会は地球と宇宙ステーションを結ぶエレベーター建設計画への正式な参加を表明した。2018年4月12日が運行開始予定日とアナウンスされている。
現実の宇宙計画として科学的な観点からこれまで半世紀以上の歳月が費やされてきた。
大気圏外には約4時間で到達し、エレベーターの最大積載量は5トン。海上プラットフォームと宇宙ステーションを、1年に数百回の往復が可?#92;という。(MYCOMジャーナル引用)
…あれから3年私は、友人の止めるのも聞かず、宇宙ステーションの一般公開パーティーの晩、酔った勢いで非常口から地球へ向って螺旋階段を降り始めた。1298段までは記憶していたが、未だに地上に着かない。教訓1.「酔った勢いで、下らぬことはしない。」
[973] nabesan [関東] 2006/06/14(水)9:45
旗印
旗印と云うと戦場で目印として旗につける紋所や文字。
又は 行動の目標として掲げる主義・主張。と辞書に載っています。武田信玄公の「風林火山」や真田軍の「六文銭」は有名です。「厭離穢土欣求浄土」と云いますと以外と知られて居ないですが、家康公の旗印です。至って地味ですが、此の旗印にこそ、泰平の夢が込められて居るそうです。(穢れた世の中を離れ、清らかな世界を求める)狸親爺とは良く云われますが、理想の浄土を求める信仰心が現れているのではないでしょうか。今の政治家にも見習て欲しいです。
[1014] nabesan [関東] 2006/07/04(火)6:05 [サイト]
ご参考になれば
「心の闇」という言葉を最近よく聞きますが、肉親を焼き殺す様な人間の心に有るのは「闇」等と言う大層な物では無くて、「大きな空洞」で有ると私は思うのです。要するに大切な部分が育っていないと言う事です(行き過ぎた個人主義が蔓延した結果、肉親も含めた他者との濃密な関わりの中で、「自己」を確立すると言った事が、出来なくなって来ているのです)。
[1022] nabesan [関東] 2006/07/07(金)12:57
バッハさん
《若い時われわれは学び、年をとってわれわれは理解する。》エッシェンバッハ(指揮者)
「今時の若い者は…」と云う言葉を極力自分は云いたくない。其れよりもこの言葉を知って、其の事をもっと若い時期に知って居たかったと思った。他人事じゃありません。若い時分に学ぶものが無いと、結果は火を見るよりも…です。当たり前じゃないかと思っても。其れを若い時分には理解できないのです。其れが人間なのかも知れません。…いや未だ遅く無い。最近巷で良く見かける……な若い人達。果たして日本はどう成るのか。
[1046] nabesan [関東] 2006/07/14(金)17:02
難しいですね
《お母さん、あなたは僕をとても愛していて、僕をあなたのポケットに入れたがっている。
そしてそのポケットの中では、僕は息が詰まって、死んでしまうんです。》
D.H.ロレンス(チャタレイ婦人の恋人)
私は心理学者では無いし、「チャタレイ婦人の恋人」だって読んだ事は無い。でも此の言葉の中に、母親の本?#92;が見えて居る様に思える。最近の青少年の中に、母親のポケットの中で息が詰まって、死んでしまう子が多いのでは。放任もいけませんが、此れは過保護とも違います。強いて云えば溺愛。こんな言葉も有ります。
世の中に 思ひあれども 子をこふる 思ひにまさる 思ひなき哉
(世の中に感情、もの思う心はいろいろあるけれども、親が子を思いやる心以上に強く美しいものはない)
紀貫之
子供をどう思い、どう付合うかは大切な事、親の感情本位で無く、子供の神聖な魂の為、どう子供に対するか、私も考えたい。
[1057] nabesan [関東] 2006/07/23(日)6:17 [サイト]
世の中は、偉大な作曲家「黛敏郎」を、忘れかけているのではないか。
小生サイトにてあれこれ検索していましたら、指揮者:岩城宏之先生のコメントが有りました。
「涅槃交響曲」のバーンステインによるニューヨークでのアメリカ初演が、黛さんの世界的存在を決定的にしたが、残念なことに黛さんは、京都の都中に響きわたる梵鐘の響きを描いた、「涅槃」の第一楽章「カンパノロジー」のゆえに、作曲への意欲を失ってしまったらしい。「『鐘の音』より深く美しい音楽を書くことは不可?#92;だ」と、書いている。
オペラ「金閣寺」等の優れた作品を生み出してはいるが、その後は、TV「題名のない音楽界」の名司会者とか、政治的発言者として、晩年を過ごしてしまった。
黛敏郎の登場と影響なしには、二十世紀後半の世界作曲界を代表する、武満徹の存在はなかったのだ。
世の中は、偉大な作曲家「黛敏郎」を、忘れかけているのではないか。
指揮者:岩城宏之
[1085] nabesan [関東] 2006/08/18(金)12:49
パリを去るのはつまらない
《パリを去るのはつまらない。友達と別れなければならないから。
といって田舎を去るのも辛い。自分と別れなければならないから。》
J.ジュベール
面白い述懐ですね。人には常に二面性が有ると言う事でしょか。でもパリでの友人と会話を弾ませて居る自分が、本物でしょうか。さて、田舎暮し(必ずしも田舎ではない。)の私人が本物か。きっと、どちらも自分で、人間は多面的なものなんでしょうね。
[1091] nabesan [関東] 2006/08/23(水)17:18
理想
《理想のない教育は、未来のない現在と変わらない。》
ユダヤの諺
個人に理想が有っても、国家に理想が無いと今の日本の教育現場の様に不幸な若者達を生み出すのでは無いだろうか。
[1097] nabesan [関東] 2006/08/25(金)12:03
葛藤
《一番だまし易い人間は、すなわち、自分自身である。》
パルワー・リットン
私はそうは思わない、自己欺瞞をじっと見つめて居る人間が一人居るとすれば、其れは自分自信である。仮に神様を騙せたとしても、自分自身は心の奥底で、じっと自分を見て居る。自分を騙して居る自分を、じっと見て居る自分自身。いつかは自分自身を容赦出来なくなる。其れで人生には色々な葛藤や、悲喜劇が起こるのだと思う。
[1106] nabesan [関東] 2006/08/28(月)17:28
理想的な人間の生き方
《世に画一主義の教育ほどみじめなものはない。
依頼心、卑屈心、形式偏重、常識欠乏、皆その所産である。》武蔵山冶(政治家)
現在の多くの日本の若者が、此の画一主義の弊害を受けた所産なのではないだろうか。然も、ご当人達は其れに気付いて居ない。世界を驚嘆させた彼の幕末の巨人橋本左内先生が十五歳で認められた『啓発録』の中にこそ、真の理想的な人間の生き方が示して居られるのではないだろうか。
○稚心を去る
○気を振ふ
○志を立つ
○学に勉む
○交友を択ぶ
[1131] nabesan [関東] 2006/09/06(水)12:31
慈雨が降り注いだ
先日来、カトリーナと同等の規模のサイクロンが迷走。台風となって関東地方に進路を合わせた様に進んで来ましたが、日本国の皇位継承者に成られる御方のご生誕に遠慮してか、ずっと東寄りの進路で北進。日本には殆ど影響が無かった。本日秋篠宮文仁親王殿下と同妃紀子殿下の第3子として、6日午前8時27分、東京都港区の愛育病院で誕生された。誠に天佑と申すべきか、慶ばしい事でした。ニュース等で発表された頃、恰も、関東地方を浄めの雨の如く慈雨が降り注いだ。
[1132] nabesan [関東] 2006/09/07(木)12:20
共に笑い共に悲しむ
新しい朝が明けて
日の本に生れたえにしを幸いに想う
今、世界を見渡すに何処の国に日本程恵まれた国が
有っただろう
不満を云ったら申し訳が無い
どんなに辛い人生で有ろうと
どんなに悲しい世の中であろうと
私達には陛下と共に笑い共に悲しむ
共に慈しむものがある
何処の国かの様に
自然の資源広い国土は無いかも知れないが
私達には陛下と共に笑い共に悲しむ
共に慈しむものがある
其れが国恩であり
其れが皇恩なのであろう
[1143] nabesan [関東] 2006/09/15(金)17:06
仕事に追われ、安易にウエーブから、フリーのイラストを借りた。最近はそう言う事も余り考えなくなって来た。怖い事でもある。現在絵とは、必ずしも筆、ペンを必要としない。写真画像を加工して、油絵風の画像も、容易い事。暫く前にテレビで有名な、日本画家の千住氏の番組が有った。良い絵を描く為に、只管、岩絵の具を砕き、乳鉢で摺り、指で擦り、時間はゆったりと流れる。嗚呼。こんな世界。こんな時間も有るんだなと、感心した記憶があった。
[1150] nabesan [関東] 2006/09/19(火)11:58
希望
《未来は美しい夢を信じる人のためにある。》エレノア・ルーズベルト(米大統領婦人)
自分自身に夢、希望が有ると、はっきり言える人は少ないのでしょうか。私には希望、夢が一杯有ります。では愛する息子には…。たまに聞いても漠然として居る様です。親子でも、生い立ちにより、様々な様です。時代がそうさせたとも言えるかも知れませんが、希望、夢は山の彼方に棲むのでは無く、私たちの心の中に有るのでは無いでしょうか。
[1156] nabesan [関東] 2006/09/22(金)17:30
「からす口」
今から20年程前、デザインの夜間に通った事が有る。授業で「からす口」と云う製図器でプロで無くても知って居る人は多い筈だ。「おもて罫」という髪の毛程のラインを引いたら、周囲の卵達が、目を丸くして驚いた。仕事場では当たり前の事であった。今は殆どパソコンや製図機械で作成する作業である。元々プロは、どう線を引くかでなく、何の為に線を引くかだが、こんな「からす口」も今や全くの「死物」と化して居る。全く嘘の様だ。未来人が将来、何処かの遺蹟で、「からす口」を見つけたら、一体何だと思うだろう。
[1160] nabesan [関東] 2006/09/26(火)12:41
もったいないね
大変傑作で説得力がある言葉を知りました。
《青春?若いやつらにはもったいないね。》
バーナード・ショー
本当に其れが納得出来る世代になった自分を知りました。
でも、小生は悔いは有りません。
其の青春とやらの尻尾が今の自分の生活だと思ってます。
その尻尾はどこ迄伸びるやら、自分で蜥蜴のように
長い青春とやらの尻尾が、ぽつりと切れた時、
感じた時、寂しいでしょうね。
[1175] nabesan [関東] 2006/10/10(火)16:00
悲劇も無いのでしょう
《自分自身に欠けていたものが、息子に実現されるのを見ようとするのは、
全ての父親の敬虔な願いである。》ゲーテ
「嗚呼、そうか。」世の親爺さん達の心持ちはそんなもんなんでしょうね。それで願いが叶わぬ時に怒りに、絶望に変わってしまう。叶わぬ時も、大らかに成れれば、世の中に悲劇も無いのでしょう。
[1177] nabesan [関東] 2006/10/11(水)13:54
《心が変われば態度が変わる》蓮沼文三
もう、大分なりますが、テレビでクレージーキャッツのリーダー晩年の〔ハナ肇〕さんが出演され、「心が変われば態度が変わる。態度が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」と何度も仰ってました。はて、誰の言葉なんだろう。と思ってた事がありました。漸く判りました。蓮沼文三氏のお言葉だったのですね。蓮沼文三氏はSYD(財団法人修養団)、文部科学省所管の社会教育団体で、東京師範学校(現在の東京学芸大学)に在学中蓮沼氏を中心とする学生達によって創立されたそうです。SYDは、人生の充実を願い、心を磨き、潤いのある家庭や地域社会、職場を作ろうとする人たちの集まりだそうです。ハナ肇さんは相当の苦労人らしく、晩年何か得るものが有ったのだろうなあと思いました。
|