《あずさわ物語り》

《あずさわ》は棲み慣れた吾が第二の古里の名、この何とも鄙びた大和言葉の響きに惹かれました。《あずさわ物語り》は吾がほーむぺーじ「五百一夜物語り」の気に入った、ものがたりを纏め上げたものです。ご笑覧下されば幸いです。

白龍

支那の中原は広い広い沃土が続いていた。北の山沿いには黒龍、南の海沿いには白龍が棲んで居た。毎年秋になると、支配地を広げようと、黒龍は南へ、白龍は北へとやって来て来ます。そして戦が始るのでした。黒龍、白龍がしのぎをけずり合うと、一天にわかに掻き曇り、恰も夜にでもなったかの様に、暗くなった。雨よ降れ、風よ吹け。そして辺り一帯が水に覆われてしまうのでした。さて、その年も白龍、黒龍が戦って居ると、洪水に飲み込まれ、一人の男の子が溺れかかっていました。戦いながらも白龍は、其れを哀れに思い、胸の鱗を一枚むしり取ると、さっと子供に投げかけました。すると鱗は一双の小舟になって、男の子は助かるのでした。しかし、そんな事に頓着しない黒龍は、一瞬気を抜いた白龍をずたずたにして、海沿いの白龍の住処へと追いやったのでした。この戦いでは黒龍が勝者でした。一方の白龍は息も絶え絶えで古巣に帰って来ました。そして大きな叫び声を上げて、死んでしまいました。其れを見て居た天上界の神々は白龍の亡骸から、魂を拾い天上界に差し上げて星座の一つにお加えになりました。あの白龍の星の隣に小さく蒼く光っているのは、あの男の子でしょうか。

一寸法師

京の都の一角にある、源の頼光の館に夕刻、尋ねて来た者があった。若い武士と、うら若い女性であった。武士は殿上人の紹介状を手にしていたが、小姓三王丸が取次いだ。「殿客人でござる。」「はて、何の用向きか。」「名は本人が直接申したいとの事でござる。」「まあ、良かろう。通せ。」「何事でござるか。」そこへやって来たのは、帰宅前の綱であった。「客人か。」やがて案内されて、先程の武士が、うら若い女性と入室して来た。「頼光さま、折り入ってお願いしたき事がごさいます。」「うむ。兼連殿のご紹介か、よい申してみよ。」「有難き幸せに存じまする。」「では、名を申せ。」「大変失礼致しました。私本名は存じません。幼少の頃より、じじ、ばばが、一寸法師と申しておりまする。」「うあっつはっつは。嘘を申せ。余をたばかるか。」武士は頬を真っ赤にしながら、きりりと眉を逆立て。「嘘ではございませぬ。」そこで先程のうら若い女性が、「申し上げます。」云いかけるとすかさず武士は、「姫はしばしお控え下され。」何やら武士の身体が一寸程縮んだ様に見えた。頼光は「分った。で何の用か。」「はい、私を頼光様の四天王の一人に、お加え下され。」「うあっはっは。」一座の豪傑共は、おおいに笑ったそうじゃ。武士は頬を真っ赤にしながら、屈辱に耐えていたが、良く見ると、またまた一寸程身体が縮んだ様である。「そうか、其れは儂も嬉しい限りであるが、四天王は四人で四天王じゃ。」「五人じゃ五天王かい、五天王では如何じゃ。」すると、耐え切れず益々頬を赤くした武士は、するすると身体が縮んでしまい。到頭一寸法師になってしまったそうな。

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極楽の門

昔、堺にと或る庄屋が居った。大変な守銭奴で、背中にはいつも葛籠(つづら:ふた付きのかご)を背負って居た。そんな庄屋も到頭天命が尽いた。そんな庄屋は中々葛籠を背から降ろそうとせず、背に負った侭埋葬されたそうな。さて、あの世とやらへ参った庄屋は、分かれ道で極楽へでも行ってやろうと、極楽の門までやって来た。ところが極楽の門は狭く、お宝を負った侭では中々通れん。そこを無理矢理通った庄屋だ、極楽へ行っても背中にお宝を背負った侭なので、中々楽にならない。こんな不自由な所は好かんと。今度は地獄へ行って見たと。地獄の門は広い門で、何を背負って居てもすいすい通れる。さて風呂へでも入るべえと、血の池地獄へ入った。しかし、やっぱりお宝が邪魔で落ちつかない。とうとう諦めて、背中のお宝を降ろした庄屋は、さっぱりして「こりゃごく楽だわい。」

美寿

昔、慶國に美寿という女が居た。美寿は大きな古い屋敷に一人の召し使いと住んで居た。屋敷には四つの庭があった。或日は春の庭に遊び、或日は秋の庭に憩い、一日にして四季を楽しむ事も出来た。不思議な事に、そんな美寿は歳をとる事は無かった。春の庭、夏の庭、秋の庭、冬の庭と転々と遊ぶ内に美寿は、四季の庭への興味は無くなってしまった。毎日毎日、一人部屋に籠って鬱いでいた。其の時ふと外を見てみたくなった美寿は、思い立つと召し使いを連れて、屋敷の高楼に昇り、西欧人の持ってきた遠眼鏡を手にして屋敷の外を眺め出した。と美寿が見たものは貧しい農家や、商人、馬喰等の様々な人々の生業であった。多くの人々が質素ながら家族仲良く生きて居る様子が見えた。それを見ると美寿は無性に羨ましくなった。一人涙を流しながら人々の暮らしぶりを眺めるのでした。明くる日も遠眼鏡を手にして彼方を眺めて居ると、耕地で働く一人の農夫を見つけた。中々の好青年で、黙々と畑を耕して居た。美寿はその青年を見ると、不思議な感情に襲われた。「この感情は何なのだろう。」美寿はその青年にどうしても会って見たくなり、明くる日生まれて初めて屋敷を出た。召し使いを連れて屋敷から見えた其の農夫を尋ねて行った。屋敷を出ると外は寒い晩秋であった。
街を通り抜け遥々と尋ね行くと、一軒の農家の前に着いた。家の前では件の青年が笑みを浮かべて美寿を待ち受けて居た。二人は昔から知っての仲の様にうち解け合い、共に暮らす事になった。其れ以来、美寿は年をとる様になり、子を産み育て年老いて行くが、不思議と昔の年をとらない時の暮らしに比べて楽しい日々であった。 
或日夫は寝床に美寿を呼んだ。「儂はもう、老いた。明日は逝くよ。」突然の事に驚いた美寿は其の日一日、夫の隣で泣き暮らした。しかしそんな美寿を見た夫は、「此れは当たり前の事さ。日は昇り、また沈む…。明日、また昇るかも知れないね。」そんな優しい夫を見つめると、心安らぐ美寿であった。明くる日の朝つましい農夫の家に二人の亡きがらが有った。共に手を繋ぎ幸福そうな顔であった。

淡々と

揚子江に風が流れます。川岸で一人の漁師が、投網をするすると広げ、何かを漁っています。はるか水平の彼方から、何かがやって来ます。紅の旗をはためかせて、数十隻はあろうか、しずしずと下って行きます。漁師は一瞥をくれるでもなく、淡々と漁を続けます。水平の彼方に黒雲が涌き、やがてしのつく雨になって漁師は帰ります。揚子江に時が流れます。川岸で一人の漁師が、投網をするすると広げ、何かを漁っています。はるか水平の彼方から、何かがやって来ます。朽ち果てた軍船に、疲れ果てた兵士が乗り合わせ、じっと漁師を見つめます。漁師はそれとなく眼が合い「どうだったかね。」兵士の数名がけだるい顔を打振るい「…。」漁師は又淡々と漁を続けます。

《酪》

ある所に一人の長者が居った。それはもう、大金待ちで望みで叶わぬものは無かった。或日長者屋敷に牛商人が来た、全身真白な乳牛を売り付けた。この牛の乳をしぼり、《酪》を作り食すると長生きが出来ると云う。長者は早速その長寿の食物の作り方を聞き取り、お抱えの調理人に《酪》を作らせた。それはもう、今迄食べた事は無い極楽の食品とはこれか、と云う程の旨さだったとか。毎日《酪》を作らせては食し、丁度一年程経つと、大きかった白牛は何とは無しに、少し縮んだ気がした。やがて、牛は《酪》を作る度に縮み続け、七年もすると、猫程の大きさになったとか。「くっ、騙された。」と思ったが、何としても《酪》を食べたい。止む無く調理人にもう一度頼んだ所、猫程の牛は、鼠程になってしまった。もう、どうする事もできない。明くる日、長寿食《酪》を食する事が出来なかった長者は昇天されたと云う。

サイレン

エーゲ海のある小島。一人も人間の住んでいない小さな島に、三人の娘が住んでいました。人のいない島に三人の娘?と驚きのみなさん。それは三人のサイレンの事です。毎日黄金色の朝日に目覚め、茜色の夕日の沈むを眺めては、仲良く暮していました。しかし、こんな退屈な日々を八十年も過ごすと、いくらサイレンでも、いいかげんにうんざりして参ります。ある嵐の晩、島の近くを通り過ぎようとしていた一隻の帆掛け船が、波を避けて入り江に錨を下ろしました。この様子を三人はじっと見ておりました。外海は大変な嵐ですが、島の入り江は至って静かでした。船の上では見張りの男が「おーい、この分だと明日の朝は出られるぞ。」若い逞しい男が「そうだな。早く丘に帰りたいよ。」そんな会話も三人には聞こえていました。三人の娘達は気晴らしに、あの若者を虜にしようと相談がまとまりました。やがて、嵐が去り、月がでました。若者がデッキで月を眺めていると。何処からともなく、麗しい歌声が聞こえて参りました。若もはうっとりして思わず、甲板から海の上に落ちそうになりました。しかしすんでの処で、見張りの男が助けてくれました。そうです、サイレンの歌声を聞いた者は、海に落ちて死ぬと云います。まもなく船室にはいった若者は寝静まりました。すると深夜また麗しい歌声が聞こえて参りました。その美しい歌声に若者は、絶え切れず外の甲板に出てしまいました。その若者の顔を月の光が照らし出しました。余りにも素敵な若者の魅力に八十年間孤島に住み着いたサイレンは心を惹かれ思わず恋をしてしまいました。その瞬間三人のサイレンの心と身体は三色の美しい泡になって消えてしまいました。泡は静かに天に向かって流れ月の光の中へ消えて行きました。

こおり

昔、秦國に西斗と云う男が居ったそうな。
西斗は毎日皇帝のお城の厨房にある食材を届けるのが仕事であった。その食材とは、拳大の氷であった。
忙しいのは春から秋にかけて遠い山々の高嶺から、大きな氷の固まりを引き出し、氷室に貯えて良いものを選んでは、馬車で運ぶのであった。
その日はとても暑い日であった。西斗が速い四頭立ての馬車をあやつって居ると、砂漠の砂の精が美女に化けて、呼び止める。「西斗さん。止まってちょうだい。」西斗は関わってはおれないと、さぁっと一鞭当てて通り過ぎた。砂の精は悔しがった。
明くる日、西斗が矢張り馬車を駆って居ると、路のまん中にお年寄りが伏せて居た。馬車を止めると、すかさずお年寄りは、砂の精の姿に戻り、呵々と笑って「儂に其の氷をくれ。」西斗は
「とんでもない。」すらりと躱して馬車に飛んで行った。
明くる日、西斗は又も馬車を走らせて居ると、
何にも無い。
「はてな?」と思いつつ更に馬車を走らせて居ると、矢張り、
「何にも無い。」
さて、漸く都へと着くと振り返って、西斗は驚いた。
馬車に積み荷を乗せるのを忘れて居たのだった。
西斗は全身から滝の様な汗をかいた。
暫く熱病に罹ったとか。

徳利

昔江戸の納戸町に独り者の男が居た。武士とは云え下級の上、三男坊故、やる事も無く毎日ぶらぶらとして居た。その日も昼日中から、一杯という事で。しかし、ご大層な家柄ではなし、徳利も忽ち空になり、「ちっ、もう終いか。」未練がましく徳利を逆さまに振っては見たが、もとより出る訳も無く、思わず徳利の中を覗いて見た。何か底に光って居ます。その時男は周りが、すっと暗くなったと思うと、首が徳利の中にすっぽりと入ってしまった。「うわっ。こりゃた。まらん。苦しい。」「誰か助けてくれっ。」じたばたもがいて居たが、腰が何かにぶつかったと思うと、すっぽんと、躯一つが丸ごと向こうに通り抜けてしまった。暫くして昏睡状態から醒めると男は、ふと見上げた。闇夜の中に明るい月が…。と其れはどうやら銚子の口の様だった。その時「お客さん涎が出てますよ。」

木馬

昔、秦のと或町に央女と云う女が居た。央女はとても美貌の持ち主で、その為いつも求婚者が絶えなかった。央女は日々街の高台にある高楼に登っては、夕日の沈むのを飽かずに眺めて居た。其の日も夕暮れに浮かぶ万灯の輝きに魅せられて、時の経つのも忘れていた。すると突然ごうっと風が吹いて来た。央女は一時気を失っていた。ふと醒めて気が付くと、大きな木馬に乗って、紺色の空を飛んで居た。木馬を操って居るのは背の高い金色の眼をした青年であった。「あっはっはっは。央女と云ったな。」自分の名を云い当てられてても、空高く飛び回る木馬の上に跨がって居る心細さに気が動転するばかりであった。「儂は竜王じゃ。」央女は只驚いていた。「儂と結婚したならば、お前に無限の富を与えよう。」央女は只只頭を振るだけだった。すると竜王は、きっと恐い眼をして「儂と所帯を持つなら、永遠の命を手にする事が出来る。」央女は「早く帰して下さい。両親が気掛かりです。」「親の事が気掛かりな者が、毎日夕刻に物見三昧か。はっはっは。」「この木馬は“時”じゃ。この木馬に乗っての一日は一年じゃ。」央女は、はっとして取り乱し、思わず木馬の上からまっ逆さまに落ちてしまった。央女は遥か高い空の上から落ち続けた何処迄落ちるのであろうか。どすんと央女は床に倒れた。「ああっ、此処は。」此処は街の高台にある高楼であった。央女は気が付くと家路を急いだ。

渡邊綱は大の角力好きだったとか。
ところが一つ気に喰わんのは、時々槍刀の稽古のつれづれに、仲間の坂田金時等と取る勝負が、最近侭成らぬ事だ。今日も帰宅後、晩酌をやりながら、悔しいの悔しく無いの。「つまらん。」「貴方、もう、お歳を、お考えあそばせ。」「何を、彼奴だって似た様なもんじゃ。」「だって、金時さまは、童の時には熊となさったとか。」「ふん。田舎侍め。」「貴方。あら…もう、おやすみ…。」主の肩にそっと小袖をかけて労る女房殿であった。
綱が道を歩いて居ると、道は次第に登り坂になって来た。何処からともなく次第に霧が立ち込めて来たが、臆せず、ずんずん登って行く。しかし、登っても登っても中々、道は終らない。三里は登ったであろうか。霧の晴れ間に青空に聳える御殿が現れた。「此処は何処じゃ。」「雲上閣でござる。」「何。」驚く綱の前に八尺はあろうか。大男が現れ、綱に角力をさせろと迫った。「こいつ、抜かるな!」と自分に云い聞かせ、どうと四つに組む。流石の綱もこんな大男にはかなわない。ずしずしと雲上の土俵際まで押しやられると、するっと足を滑らせてしまった。「しまった。」綱は雲の間から真逆さまに落ちてしまった。“どすん”「あら、どうなさいました。」妻の声に目が醒めた。

儂の竿

大河に沿って雲香(お断りいたします。うんきょうです)と云う街があった…そうな。朝になると川端で、竿を差す若い男が居た。漁夫の盧(る)と云った。盧はいつもの様に長い竿を大河に下ろした。こんな事を二十年も続けていた。
今日も幾許かの小物が捕れたが決して生活の足しになる程ではなかった。
「釣れたかね。」一人の老人が声をかけてきた。「いんや、これっぽっちじゃ暮しも出来やしない。」「ほう、そうかい、では儂の竿を貸そう。」老人は一振りの立派な竿を貸してくれた。盧が礼を云おうとすると、老人はもう、居なかった。妙な事がと思いつつも、盧は早速一振りしてみた。すると大きな見事な魚が釣れた。「どうれ、次はどうか。」また一振り。すると又々大きな見事な魚が釣れた。夕刻になり、ふと妻の顔を思い出したが、「いいさ、一つ飛び切り、大儲けをしよう。」と欲を出して百匹も、二百匹も釣り上げた。「どうかね。」突然後ろから声がかかった。今朝の老人であった。「有難うございます。お陰さまで大漁でさ。」すると老人は少し哀しそうな顔をして、「大漁は良いが、ちと惨いと思わんかね。」「いいや、一儲けして、これまでの分も稼ごうと思ってね。」すると老人は恐い顔をして、ふと消えてしまった。さて一休みと盧は竿を置きかけた。だが盧の手から竿は離れなかった。「どうしたんだろう。」盧が不思議に思って居る内に、竿がぴくりと動いた。「こりゃ、大きいぞ。」しかし盧は竿が手から離れないのが、少し気にかかった。やがて盧の竿にかかった獲物は沖に向かってぐいぐいと引き始めた。「ま、待ってくれ。」盧は慌てて竿を手から離そうとしたが離れるものではなかった。……………

楽園

或男が天に召された。その魂はそよ風に吹かれるように、しずしずと天上に昇っていった。遥か高い雲の上に着くと、一面真白で清浄な世界だった。ふと見ると視野の先に立派な門が現れた。呼鈴を鳴らすと「何の用じゃ。」思わず男は(何の用かは知れた事。)と思っていると、間もなく門は開いて、白髪の翁が出て来た。「最近此処へ来る者は少ない。」「それは又何で?」「知って居るじゃろう。オゾン層破壊で住み難くてのう…。」翁は哀しそうな顔をして「皆天上を避けて。他所へ行く様じゃ。下は賑やからしい。」そんな話は嘘に決まっていますが、最後の楽園はとって措きたいもの。環境を守りましょう。

飛行具

昔、支那の西安の都に興隆と云う男が居た。興隆は中々の勉強家であった。宮中の役人の勤務の傍ら、飛行術の研究に余念が無かった。長年の研究の収穫として、或日到頭、最も理想的な飛行具を発明した。支那山中に棲息する大蝙蝠の羽を手に入れ、シナヒメダケの骨組みに、膠で張り付けると、完成であった。宮中の仕事を終えると、二、三日の休暇をとって、愈々飛行実験であった。西安の郊外、街はずれまで飛行具を馬車で運んだ。実験予定の草原に着くと、其の日は生憎の大風であった。西安の都でも、そう滅多に無い程の、春の大嵐であった。突然の突風で、興隆の飛行具は、馬諸共に、ひゅ〜っと吹き上げられてしまった。「しまった。」と思いながらも、興隆は飛行具に飛びつき、あれよあれよ、と云う間も無く、大空へ舞い上がってしまった。飛ばされながらも興隆は飛行具を身に着けると改めて周囲を見回した。それは心踊る大パノラマだった。真下に広がる広大な大地は、地平の彼方まで蓮華草が咲き乱れ、白い道の先には、広大な西安の都が広がった。街行く人々は皆、天を仰いで驚嘆したものだ。突風は更に吹き荒れると突然飛行具の紐が音を立てて、引き裂かれ始めた。突然の危機に興隆はゴツンと頭を強打した。寝台から転げ落ちたのであった。「貴方。またですか。」

隆成

昔、隆成と云う若者が居た。
毎日何をするでもなく、ぶらぶらとして居った。或日町外れの辻で煙草をぷか〜り、ぷか〜りと燻らして通り過ぎる人々を眺めていたが、しだいに咽が渇いてきたので、近くの古びた井戸まで水を飲みに行った。すると井戸の側で水の番をして居る老人が云った。
「こんな大切な水をやたらな者に飲ます訳には行かん。」
隆成は何はともあれ、咽の渇きには耐えられず、懐から数元の金を出した。
すると老人は云った。
「馬鹿も休み休み云え。此の貴重な水を金になど代えられるか。」
隆成は咽の渇きに、泣きそうになりながら、どうしたら水を一杯頂けるか老人に聞いた。
すると老人は
「儂に或ものをくれ。そうしたら何杯でも飲まそう。」
隆成は
「はい、何でも聞きます。」
「ようし、其れでは此の儂に歳をくれ。」
それを聞くと隆成は馬鹿馬鹿しくなって、
「何だ、そんなものなら幾らでも。」
「よし、判った。」
老人は、にやりと笑ったかと思うと、
大きな器に並々と水を汲んで、隆成に飲ませてくれた。
それは、それは冷たく、五臓に染渡る程の旨い水じゃった。
さて、やっと人心地がついた隆成は、老人が居なくなったのに気がついた。
「さて帰ろう。」帰りかけて隆成は鳥肌が立った。
自分の足取りが重いどころか、手を見、足を見ると、それは乾き切った皺だらけの自分であった。
「あ〜〜っ。」
夕暮れの寂しい空を烏が数羽飛んで行った。

涼しい話

そう云えば、暑い夏になりました。そこで涼しい話を一つ。一年程前にあるきっかけで書いた話ですが、自分でもすっかり忘れていた作品が、パソコンの書庫の片隅に残っていました。虫干しの最中、出て来ましたので、お客さまへの、涼しい御もてなしとしてお披露目いたします。お一つ如何。
この話は奥州の牡鹿半島にある草深い地方の、とある港街の事であった。その街の中心に一軒の庄屋が居った。店は大変繁盛していたが、中々跡継ぎが生まれない。しかしある年の春とうとう、待望の男の子が誕生した。「御目出度うございます。」「御近所の皆様お陰さまで…」庄屋の喜びは其れは大変なものであった。其の子もすくすくと、何事も無く育っていった。やがて十五歳の春男の子は、両親に打ち明けた。「私も最早十五歳になりました。是迄沢山の愛情を込めて養育して頂き、本当に有難うございました。」「何を改まって、他人行儀な。ははは。」「お前もそんな事を言える様になったのかねぇ。」少年は云った。「お父さん、お母さん。私一つのお願いが有ります。」「何でも云ってごらん。」「嫁は未だ早いと思うが。」少し顔を赤らめた少年は、「少々遅きに思いますが、私、江戸に上り、天下一の都で学問を極め、人様のお役に立ちたいと存じます。」「何をお前、急に。お前は此の庄屋の身代を継いで、一生是に暮らすんじゃ。」その夜少年は一晩中、起きていたが、次の日の朝、未だ陽の昇らぬ内に、そっと庄屋の家をでた。少年は街道を歩き名勝松島も上の空で、仙台に着いた。やがて仙台で顔見知りになった商人の親子と道ずれに、花のお江戸に着いたのは、あれこれかかって花見の季節であった。世話になった商人の口利きで、やがて小石川に居た有名な蘭学者に書生として住み込んだ。くる日も、くる日も朝から晩迄寝るを惜しんで勉学に勤しんだ。やがて六年後の春を迎え、結婚した彼は故郷の両親に、永い無沙汰の報告をするため、夫婦共々田舎へ帰途に着いた。何日もかかって、それは懐かしい帰郷であった。しかし、実家まで歩いて半時の距離まで来て、急に歩みが止まってしまった。「如何致しました。」「お前、済まないが、実家へ先に行って、それとなく様子を見て来て呉れないか。」止む無く此処からは、女房一人が実家へ尋ねて行く事になった。「ご免下さい。」「どちら様で。」突然の来客で庄屋の家は驚いた。そこで女房は一部始終を語り始めた。すると「内のせがれでしたら、今寝てますが。」「えっ。」「そう云えば、せがれは随分以前、江戸に出たい。学問を修めたいと随分わし等を悩ませました。しかし、間もなく諦め掛けたと思ったら、病に罹りましてな。未だに裏の療養所で寝て居ります。」「……」驚いた女房は、気色の悪い事と想い乍らも、裏の療養所に尋ねて行った。縁側の障子を開くと、内からは青白い顔をした亭主が「おう、お前か。良く来てくれた。」
「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。」これは中國の会談。いえ、階段じゃなく、怪談が原点だったと思います。

裏山

日本の文化の一つに講談と云う話芸があります。私も多く知って居る訳じゃ有りませんが、素人風情の手作りですが、僭越ながら“巷談”と行きましょうか。炎天下ですので、少し涼しめ。摂氏十五℃位の設定です。何しろ素人ですので、尻切れ蜻蛉…かな?
漆黒の闇と謂うものは現在の都市部では、少なくなってきた。しかし、跳梁跋扈が常とされる時代には、月も星も無い夜は、全く墨一色の世界であった。京の都と云えど夜は田舎と同じで、暗い色彩の無い闇であった。都の中程に大きな武家家敷があった。三方を堅牢な塀で囲った佇まいは、武士としては裕福な造りであった。表の門は夜更けまで、赤々とかがり火が焚かれていたが、灯りが燃え尽きる頃には、屈強な門番の男達も眠りについてしまい、起きているのは竈の残り火と、縁の下の鳴く虫位である。長い廊下を渡って行くと、奥には屋敷の主、頼光の寝室があった。ふと目を醒ました頼光が「むむっ。山犬が吠えておる。」「何事であろう。」暫くすると、遠くから・じりっ、じりっ、じりっ・と地面を引きずる音が近付いて来る。ふわりと生暖かい風が吹き込んで来た。頼光が気が付くと、二間程離れた所に人陰が現れると、じっとこちらを見下ろしていた。「何者じゃ。」それは痩せ細った老僧であった。僧は無言の侭、床の一部を見据えていた。やがて「儂は裏山の庵に住む、放厳と申す坊主でござる。」それを聞くと、頼光は(はて、裏山に庵などあったであろうか。)頼光の怪しむ様子に落ち着きの無い僧であった。頼光はがばと立ち上がろうと試みたが、全身何かに縛られたかの様に身動きが取れないでいた。「儂に何の用じゃ。」すると老僧は主の布団の上辺りをじっと見つめておった。「狐狸の仕業じゃな。成敗してくれる。」主は床の間の大刀を手にしようと焦ったが、矢張り身動きが出来ずにいた。「綱は居るか。」思わず叫んだ。隣室で宿直をしていた四天王の綱が、最前より怪しい気配を感じて居ったが、此処ぞと引き戸をがらりと空けた。…………………………つづきは今考え中です。ので何れまた、何時の日か。「それでは、皆様ごきげんよう。」

なしなしの壷

奥州の北牡鹿の郷に、網地ヶ島と云う小島が浮かんでいた。島には働き者の漁師が多く、中ノ浦に住む七郎と云う若者が居た。浦島太郎の末裔だそうな。あるひ、釣り竿を抱えて浜伝いに歩いていると、多くの童たちが騒いでおった。なんでも一匹の大亀と童たちが、戯れておった。なんとはなしに、とおりすぎた。暫くするとさっきの亀が、何かを思い出したらしく、七郎を呼び止めた。「もしもし、あなたは浦島太郎さまのご子孫ですか。」七郎はその問いにびくりと動揺した。“その手は喰わない。”と思いながら。ゆっくりと振り向いた。「実は太郎さまは、間違って、竜宮の別の宝をお持ち帰りになりました。」「はて、何を今さら云いなさる。」
「実は竜宮界と人間界の時間の経過は格段の差がございます。太郎さまには申し訳ありませぬが、誤解のありませぬ様に。広義に解すれば時差の様なもの。」「分ったような、判らぬような。」「今更間に合いませぬが、太郎様の代わりに、本当の竜宮界の宝をお届け致します。」「いらぬ事を」余りにも律儀な亀に、七郎はいやいや、宝を受け取った。「これは《ありありの壷と、なしなしの壷》でございます。心に描いた物が、壷の中から現れまする。尚仕様書は必ずお目通し下さい。」しぶしぶ受け取ると、用件が済むとほっとした亀は嬉しそうに海の世界に帰って行った。さて宝を持ち帰った七郎は、空腹にあれこれ、食べ物を思い描いた。すると“ありありの壷”から音を立てて、寿司やら、丼ものやらが、出てきた。「なんだ、思った侭だから、普段の食生活が出ちゃった。」仕方なく食べ始めたが、酒が欲しくなった。するとニ級酒が出てきた。次に嫁が欲しいと思ったら、嫁が一杯出てきた。赤子が欲しいと思ったら、沢山の赤子が音を立てて出てきた。なにやら恐ろしくなった七郎は、思わず“なしなしの壷”は何処へ行ったかと、心に描いたれば、たちまち、“なしなしの壷は”音を立てて消え失せてしまった。

黒龍

昔、支那の中原に季好という男が居った。乗馬の名手でその速さと云ったら、疾風の如しとは、この事を云ったのであろう。村の若者の人気者であった。或日村に馬商人がやって来た。商人の持ち馬に真っ黒な駿馬が居った。目は星の様にキラキラ輝き、毛並みは鋼のように硬く、足は野鹿の様に敏捷であった。しかし、その性格は一筋縄には行かない代物であった。怪我をするといけないので、商人も決して手を出さず、群れから離れない程に見守っていた。商人の馬は良く売れたが、この馬T黒龍Uだけは売れなかった。それをじっと見続けている男が居た。勿論、季好であった。やがて堪えられなくなった季好は、馬商人に云った。「売ってくれんかね。」「どのうまじゃ。」
「勿論、あの黒いやつさ。」商人はあまりの事に呆れ果てた。「そいつは、止しといた方が良い。儂が請け合うよ。だが、どうしてもと云うなら、銀二枚で好いさ。」「よし、買った。」商人は複雑な表情をして居たがT黒龍Uに心を惹かれた季好は後先も考えず譲り受けてしまった。「良いのかい、儂は知らんよ。」さあて、どうなる事やら。馬商人は季好の腕前をとくと、見てやろうと眺めていた。広い原野で季好とT黒龍Uの対決が始まった。その時一人の老婆が転ぶ様に駆けて来た。季好の歳老いた母であった。「お止め、季好。その馬だけはお止し。」そんな事で諦める季好ではなかった。T黒龍Uをしとめる為に、従来の持ち馬に跨がり「えいっ。」とばかりに一鞭当てると、T黒龍Uを追い掛け始めた。「お止し、季好。」母の悲鳴を他所に、ひたすらT黒龍Uを追い続ける季好であった。T黒龍Uは街を抜けると、其の先の長城に向かった。季好は全てを忘れて、追い掛けて行く。到頭T黒龍Uは万里の長城と云う此の世で一番長い城に沿って走り始めた。その時になって季好はハッと胸騒ぎを覚えてた。「此の馬は一体何処まで行くのであろうか。」しかし、馬は五里進んでも、十里進んでも止まらない。T黒龍Uは中々音をあげなかった。街を離れて五十里程の処まで来ると到頭、季好の馬は疲れ果てて倒れてしまった。T黒龍Uはと云うと後ろも見ずに更に北の果てを目指して駆けて行く。此処はもう草一つ生えない砂漠であった。暑い暑い、熱風の中、季好は只々、考えも無く走って来た事を悔いた。耳の奥で母の嘆く声を聞いた。「季好お止し、帰っておいで。」いつの間にか季好は熱い砂の上で眠ってしまった。ふと、気が着くと陽はとうに暮れて、満月が煌々と輝いていた。その時傍らに一人の男が立っていた。「季好、どうした。」季好は驚いた「あなたは。」「そうじゃ、儂は馬商人じゃ。人間と云うものは、考え無しに動くと身を滅ぼすぞ。」「あなた様は。」「名はどうでも良い。お前は此れからどうするのか。」暫くして「分りません。」(どうしましよう。此処まで書いて、後の展開に困り果てました。まあ、気長に行きましょう。続きをお楽しみに。でも続きはないかも。)

三郎

陸奥の國の山間に“三郎”と云う男が居た。毎日野山に分け入って、雉や、野鳩、猪などを捕まえては市へ出かけ、生計を立てて居た。ある日、奥深い山中で道を見失い、途方に暮れてしまた。遠くから水音が聞こえるので、それを便りに歩いて行くと、大きな見た事も無い滝が、水煙を上げていた。水煙に午後の明るい日ざしが当ると、実に見事な虹が現れて、この世のものとも思えない美しさであった。何かが動いた気配を感じて、思わず岩影に隠れた。すると其処へ美しい紅色に、身を飾った天女が羽衣を、そよがせながら舞い降りて来た。するともう一人の水色の衣服を身にまとった天女が大きく円を描きながら、舞い降りて来た。“三郎”が飽きずに眺めていると、続いて白い衣に身をまとった天女が、しずしずと舞い降りて来るのを見た。空からは数限りない天女が次から次へと舞い降りて来た。“三郎”が思わず吾に還って見回すと、そこら辺り一面は銀色の雪の世界であった。滝の前の広がりには大きな岩の塊があり、そこには一人の男が全身雪だるまの様になって、微動だにしない。“三郎”は寒さに身震いして見回すと先程の天女は、一人も見当たらなかった。その時郷の家では、誰も居ない古家が主の帰りを待って居た。“三郎”は延々と続く山の中をあてども無く歩き続けた。すると一匹の熊が横たわって居た。食い物が無くて、相当衰弱して居た。そこで“三郎”は思わず自分の獲物と弁当を分け与えた。熊はやや、元気をだして身ぶりで追て来るように示した。何の事であろと、“三郎”が追て行くと先程の滝の前であった。そこには大きな岩があって、矢張り一人の男が雪だるまになって居た。熊はその男の雪を払うと、全身で包み込み温め始めた。やがて、“三郎”は雪の中でふと、目を醒ました。

むかしむかし、鳳来國の隣國のある処に一人の若者がいた。元気な七頭の牛を飼っていた。働き者で毎日良く世話をしていた。ある日旅の商人が通りかかり、「いやあ、この牛は実に立派じゃ。特にこの角、これを都で売りたい。ものは相談じゃが、この牛の角を一両で譲ってくれ。良い商いになる。」一両と聞いて、若者の胸は踊った。“牛を殺すでなし、角を切るくらいなら良いじゃろう。”そう考えると若者は、一番立派な牛を捕まえて、いやがる牛の角を切ったものじゃ。すると又ある日、例の商人がやって来た。「いやあ、この牛は実に立派じゃ。特にこの角、これを都で売りたい。ものは相談じゃが、この牛の角を一両で譲ってくれ。良い商いになる。」一両と聞いて、若者の胸は踊った。“牛を殺すでなし、角を切るくらいなら良いじゃろう。”そう考えると若者は、二番目に立派な牛を捕まえて、いやがる牛の角を切ったものじゃ。やがて若者は働きもせずに、牛の角を切っては景気の良い暮らしを続けて居た。さて毎日毎日友人を招待しては饗宴を続けている内に気付くと、あんなにあった財物を失ってしまった事に気付いた。慌てて若者は牛小屋に行ってみると、哀れ、七頭の牛は骸となっていた。その後の若者の音沙汰は聞かない。

気の早いクリスマスキャロル一

冷たい石畳みの路地に、小さな男の子と女の子が立っていました。街は行き交う人々で溢れています。「おやおや寒そうに、坊や達どうしたの、こんな所で。」買物帰りの奥さんが、思わず足を止めました。空からは綿の実のような、ふっくらした雪が落ちてきます。「あら、やだ。人形じゃないの。でも誰がこんな所に置いて行ったのかしら。」お店の小父さんに聞いても分りません。「そうだ、お巡りさんに聞いてみましょう。」奥さんは重たい人形を抱えて、警察署に行きました。ところが警察では、クリスマスで大賑わい。それどころじゃありません。「良いから、持って行きなさい。」奥さんは「そうだ、持って帰ろう。」とぼとぼと、家路を急いで帰る道、大事な荷物を警察に置きわすれてきました。「あら、大事なクリスマスの御買い物。」荷物を受け取り、思わず小さな手を二つ握って、夢中で帰って来ました。外はもう暗い夜道で、お家では旦那様が表に灯りを出して待っていてくれました。「おおい、おまえ。その子供達は、どうしたんだい。」奥さんは思わず握りしめた、二つの温かい手を見つめました。しばらく無言の奥さんは、熱い涙を流して云いました。「かみさま。子供をありがとう。」勿論二人には初めての子供でした。(念の為申しますが、奥さんが人形と本物の子供を間違えて帰った訳ではありません。)こんな話があっても良いよね。
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