「みちのく挽歌」



挽歌その一

奥州の山路は山紫水明に輝き、大平野を潤す北上は遥か彼方へと続いた。今は暖かな陽光を浴びて広い川面に煌めく浪は、きららの様に眩かった。
下流に広がる洲には数本、枝振りの松が生えていた。この辺りは小さな漁村であろう。今と異なり、そう河巾は広くは無かった。川岸の日溜まりには土地の童であろうか、四、五人笹の抛棄で、流行りの竹馬遊び、に興じて居た。

挽歌その二

沖合いから一双の小舟が揚って来た。すると地元の漁師仲間であろうか、粗末な衣に下は褌一丁で近付いていった。
「何んぼか、採れたかい。」「おうっ。沢山な。」「晩の酒も楽しみだゃ。」「未だ晩は早いちゃ。」「そうだ。はっはっはっはっは。」詰まらぬ無駄話しをしながら獲物を揚げて居ると、初老の旦那衆が通りかかった。「おいっ。たけ。」「へいっ。」「水揚げはどうだ。」「へいっ。まずまずですっ。」「何か変わった事が無かったかい。」たけは、怪訝な表情で、「どうが、したのすかぃ。」「いや、役人の川辺様がら、怪しい連中を見だら、知らせるようにとな。」「何の事です。」旦那は「いやぁ。判んなくて良い。じゃな。」「へいっ。」「何んだべ。」旦那衆が去ってから、仲間で推量し合った。「はあ、遥か都の方で、ほれ、源氏方と平家方がやり合うてな。」「何でも、源氏の大将が落人に成り下がり…。」その時たけが、「しっ。もう止せ。」其の一声で一座は黙り込んでしまった。

挽歌その三

文治三年秋、陸奥の果て石巻なる里に見慣れぬ一団が現れた。遥々と遠く曲がりくねった街道。と云っても未だ街道として整備が行き届いては居なかった。白い砂埃を立てて、風が吹いて居た。長旅の男十二名は、昼間は彼方此方に身を隠し夕べや早朝に移動する旅だった。何とは無しにその警戒の様は只ならぬものを感じさせた。「おいっ。様子は。」「ああ。大丈夫だろう。」「彦介の導きで、此の先の庄屋に掛け合い中で。」「そうか。」端正な顔だちの男。其れを取り巻く大男の僧を始め、何れも厳つい顔をした男共であった。「来たっ。」一斉に薮に身を隠した。

挽歌その四

朝から雨と共に冷たい風が吹いていた。田舎道を蓑を着た男達が五、六名走って来た。
初夏と云っても陸奥の雨は未だ冷たく身に染込んだ。粗末な小屋に突然飛び込んでいった。
「うぉ〜っ。今日はやけに寒いぞ。」「阿部が来るらしい。」「おう、来たか。」「いつ、川を上るのじゃ。」「はっ、今宵参ります。」「舟は有るのか。」「はっ。三艘用意してござります。」「平泉は遠いのう。」「いえ、もう近いです。」「石巻の浦より川舟で遡れば、後は時の過ぐるのを待つだけでござる。」すると別の男は「そう甘くは有るまい。」「源氏の追っ手は、きついぞ。我らは元々源氏武者。程度は存じて居る筈じゃ。」
「…。」一様に言葉を失ってしまうのは無理からぬ事であった。

挽歌その五

「これ。たけ、とやら。」「はっ。」小屋の中には田舎の漁民ながら、只管落人に加勢する奇特な者も居た。
「色々と、済まなんだなあ。」すると「いいえ、滅相も無い。」「何か取らそう。」男は焦って、「いいえ、とんでもない。私共は御殿に、お声を掛けて頂くだけで、嬉しいのでござります。」「ははっ。そうも参らぬ。」「おおっ。そうじゃ、介。葛籠を開けよ。」「ははっ。」京の介が部屋の隅に積み上げられた葛籠を明けた。義経は一着の小袖を示すと「此れは御前の御形見…。」「否。申すな。」義経は「たけ、此の小袖を、そちに取らす。」「嗚呼。勿体無うござりまする。」すると「はっはっはっはっは。良いのじゃ。」たけとか申す男。嬉しいより、甚だ不憫に思いつつも、深く押し戴くのであった。義経そっと振り向くと、あらぬ方を見つめ、甚だ寂しげな顔を覗かれまいと云う姿であった。

挽歌その六
「追っ手でござる。」「何っ。」「塩竈の辺りに源氏武者の大勢が押し寄せて…。」「むうっ。弁慶良いか。」「おうっ。」「皆の者。いざ。」「おうっ。」突然の事に部屋中の空気が変わった。夫々、手早く身支度を終え、思い思いの荷を負うて、外へ出た。「殿。いざ。」「おうっ。」全員で十五、六名であろうか。北上の河原に向って歩み始めた。「…。」暫し無言の道中であった。其の時「待たれい。」一行の前に一団が立ち塞がった。武装に身を固めた男達が、手に手に、刀やら、薙刀を構えると、こちらの出方を伺って居た。「旅姿の貴公達は何処に行かれるや。」
其の時、弁慶少しも慌てず、「此れは此れは。当地のお役人衆。儂たちは此の通り、陸奥の勧進で渡り歩く、仏徒の面々…。」役人は「急がれるようじゃが、何結え。」「はっはっはっはっは。此の先の北上の渡しに、急がねばならぬ故。」其の時、「申し訳有りませぬ。」先ほどの(たけ)とか申す男が、「儂の親爺さまが、危篤で無理をお掛けして居ります。」じろりと見つめながら、役人は仕様が無いと云った様子で「ふ……。」「ま。良かろう。無事でのう。儂等は仏徒づれに用は無い。」
軈て一同に路は開かれた。義経は小さく黙礼をし、「忝ない。」役人は頷き乍ら「旅路には、雨も有れば、晴も有る。御仏の御加護を…。」「…。」義経の目尻に光るものがあった。
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