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光圀公は少年の頃より卓越した性根と、頼房譲りの利発さで周囲を驚かしました。正保二年十八歳の時、「史記」の白夷伝を読み感動、人生の指針に大きな影響を与えられました。長幼の序や、家督相続について。(光圀公本人が兄を越えて家を継いだ事を深く恥じた。)又真の忠義倫理について、その考え方を根本的に反省されました。 時は江戸時代の前期で、幕府にも大いなる権威が有り、國政は全て幕府の基本政策に則って執り行なわれる時代でした。光圀の歴史探究姿勢は根本的な部分で、忠義とは如何なる対象ヘ、どの様な志で望むべきものなのか。究極を極めると、幕府の存在さえ危うく成り兼ねないものでした。光圀は御三家の一人として、その辺りも覚悟の上で編纂に臨んでおりました。そして「大日本史」は、未完の内に光圀は逝去しました。光圀は死後の事も考えて、その編纂の大筋を決定して内容が偏らない様に指示して置きました。「大日本史」は明暦三年の修史局開館より、明治三九年迄二五○年もの間、光圀の志を継承して編纂されました。全四○二巻の「大日本史」は、世界中に誇れる類のない、日木の歴史書となったのです。 光圀は「大日本史」上の編纂の中で摂津湊川に、楠木正成の忠魂の墓碑を建立しました画これは國の成り立ちを無視した足利幕府の批判、及び徳川幕府の反省に連なる恩想です。そのため永く歴史の中で埋もれていた、楠木正成が真の忠誠の士として脚光を浴びる様に成りました。その光圀の気風を内包するのが水戸学です。水戸学は光國の烈烈たる精神を受け継ぎ、あの明治の大政奉還を迎える為の、明治維新の呼び水となり、勤王の志士達の志の拠り所となりました。 |
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当コーナーへお立ち寄り頂き誠に有難うございます。小生二十歳代の頃、古書店の前で或書籍を見つけ立ち去り難い思いに駆られた事が有りました。其れが《大日本史》でした。此れは勿体無いと思い、なけなしの小遣いで購入致しました。未だ其れ程書籍の価値を認識していた訳では有りませんでした。しかし、四十歳代になり、此の書は日本の歴史の原点で教科書で名前は出ますが、実際どんな事が書いて有るか、知って居る人は実に稀で或。もっと世間に広まって欲しいと思い、無謀ながら五、六社の出版社に当って見ました。矢張り、売れない本は出せない。また、内容が大著だけに無謀だと云う意見でありました。其処で小生はデータ化を自分でして見ようと思い立ちました。僭越ながら、上述の通りシリーズ7まで漕ぎつけましたので、当コーナーに掲示する事にしました。ご興味の方はご自由にダウンロードしてご覧下さい。小生未熟であり、Macintoshで制作し、又古書なので、旧漢字でパソコンフォントに無い文字も多く、作字するも読み難い部分も有りますが、その辺りはご容赦下さいませ。現在多用に付、心ならずも続編を制作する時間が取れず当面は保留と成ります。残念ですが諦めた訳では有りませんので、長い目で見て下さい。 平成十六年九月二十日 大日本史復刻の会(仮称) e-mail:ken67892092@yahoo.co.jp渡邉 |
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