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黄色い大地に風が吹く。 「来たぞ、来たぞ。」
天智天皇、初め葛城皇子と称し中大兄、舒明帝の嫡子とか。 「おお、あれよ。あんなに雨が降りよる。」 幾人もの人々が、土砂降りを避けようと、寺社の大屋根目指して駈けて来る。
怪しい紅蓮の陽に照らされて都は宵闇に沈んで行った。 「ダ−ン、バラバラ。」 一夜の雨露を凌ぐ恩義に壮年の僧は心底感謝した。 「儂は人を何人殺めたと思う?」 一人が凄んで見せた。 「…知らん。」 「儂は八州に名を轟かす大悪人じゃ。」 「はっはっはっはっは。」 「…こいつ笑い居った。」 「嫌な奴だ。」 「はっはっは。小さい。実に小さい。」 「何だと!」激怒した小男の盗人が僧に手をかける処で、頭目が止めた。 「待ていや。殺すんじゃ無い。」 「坊主殺すと七代祟るぞ。」すると、 「恐きゃねえ。」 「はっはっはっはっは。」 「違いねえ。」 「誰が何と云おうと仏弟子に嘘は無い。」 「ふん、聞きたくねえ。」 「…。」暫し沈黙が走った。 「こんな話を知っとるか。」 「…。」 「空家に風が吹き込んだ。其処に塵、芥が入り込んだ。」 「ん。其れがどうした。」 「黙って聞け。」 「一軒は清浄。もう一軒はゴミだらけの家。各々ゴミが入り込んだが、どちらが汚れて見えるかや。」 「何だと!」 「…。」 「待てよ。」 「清浄、綺麗な家にゴミが入ったらゴミが目立って汚い。」 「元々ゴミだらけの家にゴミが入っても。」 「どうだって、良いじゃないか。」 「そう、どうでも良い。」 「其れがどうした。」 「一体何の事じゃ。」 「先程あんた、八州に名を轟かす大悪人と云ったが。」「それが何だ。」 「其れさ。」 「己の悪行の限りに気付く…。」「…。」 「其れは、あんたの心が元々綺麗だからじゃ。清浄だからさ。」 「…。」 「我が身、心の不浄に気付くとは大したもんじゃ。」「ふっふん。瞞着じゃ。俺様を嘗めるんじゃねえ。」「待て待て、此の坊主の云う事は面白い。」 「矢張り、聞いて置こう。」「何です。」 「坊んさんの名じゃ。」 「ん。へっへ。」 「何ですが、坊んさんのお名は…。」 「はっはっはっはっはっは。」 「相当気に成ると見ゆる。」 「何の。」 「行基と申す。」 「…。」 「どうしたんじゃ。」 「聖じゃ。」 「ひじりじゃ。」 「な、何のこつじゃ。」 「ひじりも知らんのかえ。」 「いや〜良い。良いのじゃ。」 「坊んさんで良い。」 「い、今諸国を行脚為され。」 「ほう。存じて居るか。」 「洛中に何時。」 「さっきじゃ。」 「へぇ。」 「お弟子さんは。」 「はっはっはっはっは。逸れてのう。」 「はっはっ。」 「はっはっはっはっは。」 「どんなお旅で。」 「存じて居られよう。今諸国は、日照り続きで、あちらも、こちらも飢饉、流行り病で、地獄の有様。」 「盗賊雨後の筍じゃ。」 「…。」 「帝がのう。」 「おう。」 「お痛わしや。」 「そう。」 「万民を救わんと…。」 「おお。聞いたぞ。」 「何でも御仏をお造りに成られるとか。」 「天子さまの、ご悲願じゃ。」 「身の丈が山の様な巨きな御尊像じゃ。」 「こりゃ、大変じゃ。」 「そう。大変じゃ。」 「大事じゃ。」 「しかし、何とか成らんもんじゃろうか。」 「何がじゃ。」 「だから、山の様な仏様がのう。」 「そう。完成なさったら、洛内外は元より、八州を御仏のご威光が照らしよる。」 「十方世界光明遍照。」 「此処、洛内外は元より、八州光明遍照。」 「さて、八州に名を轟かす大悪人。」 「げっ。驚かすんじゃ有りませんぜ。」 「如何為さる。」 「如何って、何を。」 「ご布施じゃ。」 「布施!そんな事聞いた事は有るが、其んなもの、儂等盗賊の掟には無えぜ!」 「はっはっはっはっは。」 「はっはっは。」 「此の坊んさん盗賊から銭を、お宝を盗りよる。」 「はっはっはっはっは。」 「此れは魂消た。」 「其れも、此れも、菩薩のお慈悲。帝のご悲願達成まで、」 「…。」 流石、八州に名を轟かす盗賊もこの「聖」の巨きさには心底舌を巻いたようであった。 「儂等盗賊も罪深いが、盗賊から巻き上げるのは又罪よのう。」 「へっ、坊主のやる事か。」 「はっはっはっはっはっはっはっは。」 「良く笑うよ。」皆苦々しげに僧を見つめた。 「男も、女も、百姓も、坊主、盗賊も、 御仏からご覧に成れば、同じ河原の蛙共。 罪深いのは同じじゃ。…徳を積まれよ。」 「ふん。儂等のお宝は穢れて居るぞ。」 「はっはっはっは。お宝はお宝。 穢れて居るのは心じゃ。」「…。」 「其の心を浄財喜捨で浄め給え。」 「あ〜仏心が湧いちまうぜ。」 強面の男が云った。 「此の坊んさんには叶わんよ。」 すかさず「其れでは、雑炊をもう一杯。」 「はっはっはっは。」 「呆れた。」 「こりゃ、参った。」 「儂等の上手を行きよる。」 すると頭目が云った。 「これ、小僧お前どうした。」 一番の若者が云った。 「お頭。」 「何じゃ、涙じゃないか。」 「お頭お願いじゃ。」 「何じゃ出し抜けに。」すると、 「お願いじゃ。」 「云ってみろ。」 「俺を此の坊様の弟子にさせて呉れ。」 「えっ。」 「はっはっはっは。」頭目が上を向いて、 「今日は嫌な一日だった。」 「お宝ばかりか、子分まで離れて行く。」 と嘆息した。「お頭。」 「勝手にしろ。良いのか行基殿。」 「儂は構わん。」 「畜生。食い扶持が減るぞ。」 「拙僧は構わん。」すると、 「けっ、儂は寝るぞ。」 ぼろ家の外は更に雨脚が強く成った。
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