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人間五十年 下天の内を くらぶれば 夢幻の如くなり 一度生を得て 滅せぬ者の 有るべきや 彼の源平盛衰記で 哀れにも若き命を断たれた 平敦盛を詠い乍ら 今戦陣へ発つ武将が居る。 紺碧の空を見上げれば、 一幅の絵に大きな輪を鳶が描いていた。 静かな野原の小路を三十数人の童共が歩いて居た。 或子は侍の子であろうか。 また或子は如何にも百姓の小倅かも知れない。 やいの、やいのと、甲高い声で騒いで居た。 道端の畑では大人が野良を耕し乍ら、 「又、始まった。それ、織田の殿さんの小倅の道楽じゃ。」 「家の権助は行って居らんかいのう。」 「行ってたら。」 「仕置きじゃ。」 「はっはっ。そりゃ無理じゃ。」 「あすこに居るじゃろが。」 「始末に負えん。」 此の辺りの童たちの《戦ごっこ》は、中々大人でも驚嘆に値するものであった。「矢張り、織田の小倅は、ただ者では無い。」 「父上。父上はござらぬか。」 張りの有る甲高い声が響く。 「お、若。殿でございましたらば、仏間へ…。」 「そうか…。」 「あっ。もし、今殿は…。」すかさず、 「良いのじゃ。」 屋敷の廊下を我物顔にすたすたと歩く信長を止められる者は居なかった。 織田家の城内の城主が暮す廓には流石に其れなりの格の仏間が設えてあり、 城主は毎日、早朝の読経は欠かさなかった。 がらりと引き戸を開けると幽かに香の煙りが立ち込め、 経典三昧の主人が居た。 「父上。」勿論そんな事で止まる筈も無かった。 「父上。」ばさりと経机に経を置くと、父親は息子の態度に眉を潜めた。 「何事じゃ。」 「父上三河の小童を儂に任せてくれ。」 「……。」 「彼奴、中々見どころがある。」 「何事じゃ。」 「三河の小倅、いつか役に立つやも知れぬ。」 ちらりと息子を眺めるや、 「お前がでしゃばるのは未だ早い。」 すると倅はカッと頭に血が昇ったのか、真っ赤な顔して 「父上。」 「…。」 城の主人はなにものも無かった様に又読経三昧に耽った。 そして不満一杯の信長にちら、と一瞥を与えるのみであった。 「蘭丸。」 「はっ。」 蘭丸は童子ながらも、自分の有るべき役割を知り抜いて居た。 主人の轡を取ると己の馬の轡も曵いて来た。 その精一杯な、いじらしい姿に信長も思わず心が晴れた。 「きつかろう。」 「いいえっ。」 「はっはっはっはっは。そうか。」 「お前は何時から親元を離れて居る。」 突然何の事だろうかと複雑な心情の蘭丸に、 「いや、良い。」 「六歳かと…。」 「ふん。儂も見習はねば。」 「え…。」 「……。」 「ついて参れ。」 「はっ。」 青年とも、少年とも付かぬ年頃の主人は、気侭であった。 しかし、更に幼い蘭丸にとって、主人の気侭もまた魅力であった。 兄の様な頼りがいの有る物腰、態度、地に付いた肝っ玉。 蘭丸にとっては眩しいものであった。
「大殿は見兼ねて至上の君へご献上でござる。 果たして此の若き青年に、 応仁の乱以後の下克上に終止符を付けられるのであろうか。 その後の空耳抄… 今日は安土城の竣工の日であった。天守の大屋根に最後の瓦釘が打たれたのが此の日であった。「権右衛門を呼べ。」「はっ。」城の大広間は丹羽、柴田、羽柴、明智と歴戦の面々が居並んでいた。拭き浄められた長い廊下には、朝早くから明るい日射しがさして、一面新しい木の香りが充ちていた。「お〜良い香りでござる。のう、柴田殿。」「うむ、良いものじゃ。」足音が聞こえて来た。「大工頭の権右衛門でございます。」「おうっ。見事であった。」天下に二つと無い城の大工事が終り、流石の信長公も大満足であった。「一献取らす。」「はっ。」権右衛門は居並ぶ家臣を憚りながら盃を傾けた。 その日、安土城は激しい風に吹き曝されて居た。 「む。鼓を持て。」 黒雲が重く垂れ込み、今にも一雨来そうな天気であった。城の高台から白い羽織を身に付けた。城主であろう人物が家来衆を数人従えて下って来た。城の裏手の広い馬場には、先程から奇妙な一団が控えて居た。日頃見慣れぬ南蛮人達であった。城主が見えると皆跪いて、敬意を表わした。城主は軽く頷いた。 宵の内は穏やかな風も次第に肌寒くなって来た安土城も、やがてとっぷりと暮れて、山陰から剃刀の様な細みの月が昇って来た。「おい。」「何じゃい。権エ門。」「聞いたかやい。」「だから何のこっちゃ。」「今夜、殿さんが…。」「ふんふん。」「真面目に聞いとるのかい。」「おりゃ、いつも真面目よ。」「うん、何でも天守の広間に肝試しじゃそうな。」「ふん。あのお殿さんなら、何にも恐ろしいこたぁ無いじゃろう。」「そうか。何じゃ詰まらん。」巨大な城の空間が一瞬どよめいた。「おうっ。儂一人で良い。」「殿手柄の一人占めはいかん。」「何が手柄じゃ。」「儂が自分の城の中を、どう歩こうが儂の勝手じゃ。」「まあ、そう仰らず此の藤吉郎めにお任せを。」「さる、余計な事を。」「勝家どの、貴殿が参れば、妖怪共が肝を潰して、皆して出て来よらん。」「はっはっはっは。こいつら奴。何か詰らん気分になって来た。」急に興味が醒めたのは他ならぬ信長公であった。 天下の名城『安土城』と云えば信長公。それは秋の良く晴れ渡った日であった。安土の天守第七層の窓から、城下の街並が明るい日射しを浴びて、光っているのが見えた。今日は珍しく客も無く、長閑な一日であった。窓から身を乗り出して眺める信長の手に、真白な鷹が舞い降りた。純白の羽が蒼い空にぱっと散った。「おおっ、来たか。」近くで鷹匠が何気なく観ていると、公のお気に入りの鷹ではあったが、何を間違ったか、手の上にそそうをした。それを観ていた鷹匠は驚いた。しかし、「おっほう。中々元気が良いわい。蘭丸手ぬぐいをもて。」云われる迄もなく、既に蘭丸は懐中の手ぬぐいを差し上げた。その時居合わせたお伽衆の物部荘平は、思わず怪訝な素振りを見せてしまった。流石、信長公は気が付いた。「鳴かぬなら、殺してしまえ時鳥。…はは、誰ぞ。このような戯けた歌など儂が作るものか。その方、儂が手の上にそそうをした鷹を殺すと見たか。」「はっ、いいえ。」「この儂とて無闇に殺生する訳もない。」「鷹は猟に役立てば良い。糞をするのは当たり前じゃ。」「のう、媛」「ほほ、殿。荘平殿も驚かれておる。」 戦国の世の覇者信長公の普段着の姿を連想し、あれこれ認めて見ました。 そんな筈は無かろう。…ごもっともでも此れは小生の空耳抄。楽しんで戴ければ嬉しいです。 平成十八年吉日 中山堂 |
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