さむらい達の寝物語り

此処には五百一夜物語りから、戦国の世を駆け巡ったサムライ達の日常を書き列ねた話を選り抜いてみました。勿論全て創り話しであります。歴史考証云々と云う言葉に小生非常に困惑いたします。法螺話しと聞き逃して下さい。

その日、安土城は激しい風に吹き曝されて居た。
広い天守の第七層の窓を一杯に明け放たせると、突風が轟々と唸りを上げた。
時々戸板はぶんぶん音を立てていた。
「……。」「強い風でござる。」
「奴は必ず来る。」「御意。」
城主はこんな嵐の日、何者を待って居るのであろう。
「ほれ、見てみろ。」
「ほほう。流石は三河の侍。」
「ふん。こんな風等、物の数では無い。」
「はっはっはっは。ほうれ、あの家来共め。風に吹かれて、くるくる舞いじゃ。
こりゃ見物じゃ。」
「さ、参るぞ。三河のがどんな顔して参ったか。」
「は。これ、早う支度じゃ。」
友遠方より来る、また楽しからずや
暗い冷たい城の中でも城主の部屋は南の陽の当る居心地の良い場所にあった。
先程以来、老爺は独り何事かに熱中して居た。「殿、少しお休みになられては。」「おう、白湯か。」「儂は太閤殿とは違うようじゃ。」「は…。」「茶より、何も入らぬ白湯の方が好きじゃ。」「茶も旨いが、戦場では、茶どころではない。白湯は体も火照る、夏でも、何故か汗は引く。」「ほんに、不思議でござりますな。」しばらくすると、老爺は独り言を云った。「天井の鼠が足でも痺れたか。」「ふ、はははっ。」
「儂は厠へ行く。早う帰れ。…生きて還れよ。」「大御所様。」「何、不憫なものよ。」
《鼓を持て!》
「む。鼓を持て。」
城主は突然云い出した。
「藤丸鼓じゃ。」
「はっ、某、無骨者で。」
一瞬主の顔色が変った。
「はっはっはっはっは。後に致す。」
「ははっ。申し訳無く…。」
「馬鹿者。益荒男は、戦陣で生き、死ねば良い。」
「ははっ。」
主は両足を投げ出し、ごろりと横になった。
安土の高い天井の格子と、鮮やかな名工の技が目に入った。
「ほうっ。今気が付いた。中々なものじゃ。
武士であれ。絵師であれ。一度、滅せぬ者とて無い。
何を為すかじゃ。」
「ははっ。御意。」
「青葉城浪々の歳月を想う」
五月の空は蒼く日射しもぬくぬくと心地よい日であった。松島は内海なので何時も荒れる事はなかった。今街道から五十人程の一団が浜に入って来た。馬あり、籠あり、國主の一行であろうか。浜には先程から御座船が二艘と、護衛の小舟が二十艘程が船出を待っていた。「お待ち申しておりました。」「ほう、熊谷か。久し振りじゃ。」多くの使いの者や小姓等、取り巻きが乗船を待っていた。「参るか。」今日、國主正宗公は珍しくも奥方様同道の遊山であろうか。「はい。」愈々一団の船は、船頭のかけ声と共に松島湾の沖合いに繰り出した。「ほう、材木島じゃ。」何時に無く上機嫌の奥方様も「殿、独眼龍島じゃ。」「何。はっはっはっ。」正宗公は笑いだした。「仁王ケ島じゃ。」船の海路はやがて、湾の奥の入り江に向かった。日射しは強く、夏を思わせた。「到着でござります。」「うむ。参ろう。」此処からは國主も徒歩であった。緑は濃く高い梢は心地よい日陰を作った。勿論奥方様は屈強な足軽共の担ぐ輿の上であった。「儂も歳かな。ふははっ。」「殿らしくもない。弱気な」「なんの、これしき。はっはっ。」やがて頂上は松島湾を望む一大展望であった。「うむ蔵王連峰も見事に見えるものよ。」大高森へ登り湾を背にすると其処は大海洋が、視界一杯に広がる。正宗公にとり、松島湾の景勝より、背後の海の遥か彼方が気になる様であった。「…………。」「殿。」黙していても、公の心の中は遠い異國へ飛んでいるのであろうか。目尻に光るものが見えた。
真田郭想い出噺その一
「父上お呼びでしょうか。」「うむ。上様は恙無くござるか。」「はい。」「近頃、事態は急変して居る。」「…。」「何か云いたい様じゃな。」「申し上げます。」「うむ。」「忠義とは…。」「ふ。忠義とか。」「もののふは己を知る者の為に死すとか申しまする。」「ははっ。何処ぞで仕入れたな。」「はいっ。」「上様が気に入らぬか。」「いえ。…はいっ。」「ははつ。正直じゃ。」「君、君たらざるとも、君は君なり。と云う言葉もある。」「はいっ。…些か目が醒め申した。」「忠義とは…無私じゃ。儂は其れでよい。」「儂とお前とは立場は違う。心ならずと申すなら、今なら良い。」「私は父上の子で有りとうござります。」「忠より、孝とな…。いじらしい事を申す。はっは。」「では。」「うむ。」
安土城寝物語り.その五
今日は安土城の竣工の日であった。天守の大屋根に最後の瓦釘が打たれたのが此の日であった。「権右衛門を呼べ。」「はっ。」城の大広間は丹羽、柴田、羽柴、明智と歴戦の面々が居並んでいた。拭き浄められた長い廊下には、朝早くから明るい日射しがさして、一面新しい木の香りが充ちていた。「お〜良い香りでござる。のう、柴田殿。」「うむ、良いものじゃ。」足音が聞こえて来た。「大工頭の権右衛門でございます。」「おうっ。見事であった。」天下に二つと無い城の大工事が終り、流石の信長公も大満足であった。「一献取らす。」「はっ。」権右衛門は居並ぶ家臣を憚りながら盃を傾けた。
「是より目出たい舞いを…。」「うむ。」予てより城に招き入れていた舞師が、広い中庭に招き寄せられた。そこには特別に設えた舞台があった。しずしずと舞台の上に登ると、静かに城主信長公、家臣一同に一礼をすると、間もなく音曲が始った。長閑な一時であった。名城も其の城主も、何れ来る運命は知る由も無かった。
うむ。さらばじゃ。
今はもう、誰も居ない筈の楼上に、何か気配を感じて、吾七爺は天守に居た。
長い廊下を廻り、幾つもの階段を昇った。最後の木造の階段を昇る時、吾七爺は何かにつまずいて転び、気を失ってしまった。「其処で何をして居る。」ふと目を覚ますと、今どき珍しい髷を結い、時代がかった衣服を身に付けて居た。男の眼差しは、人を射すくめる様な物凄まじさであった。吾七爺は思わず身を引いた。「はっはっはっはっは。そんなに恐れずとも良い。」「貴方様は、もしや…。」「そうだ。今お前が思った者だ。」「近頃、巷は騒がしいが。」「はい。」「なぜ、儂が此処をうろついて居るかと云うと。儂は云いたい。」「?」「吉岡の小倅を儂が殺めたと云う。笑止千万。」「は?」「戦国の後世上が荒廃して居ようとも、人には情けも在るもの。儂とて人の心を持って居る。」「はい。」「で貴方様は何故毎夜…。」「むふ。其れが無念でのう。」「お察し申します。」「で、彼岸の地では、お通様とは…。」「む。そんな者が居るか。其れはテレビの見過ぎと云うもの。」「俗な話を致しました。」「いや、良いのじゃ。」「……。」「どう、為されました。」「…うむ。俗界に未練が残りそうじゃ。もう、帰らねば。」「では。」「うむ。さらばじゃ。」
三次が忍びの命を受けたのは、丸一月振りであったろうか。「呉々も心してかかれ。」「はっ。」「水になれ、風になれ、そして石になるのじゃ。」「はっ。こ度は…。」「近くへ。」三次の目に不安がよぎった。「…あすこは。」「ふ、狐狸が居る。幾人かで行ってしくじった事がある。今回は独りで行くのじゃ。」三次は気が遠くなる思いがした。「城外までは佐輔が付く。」「へい。」「納得が行かぬようじゃな。」「へい、いえ。」流石の三次もしどろもどろであった。「ご無事で。」佐輔に見送られ、しゃにむに忍び込んだ。何処をどう通ったのか未だに覚えて居なかった。「どうれ。」思わず隠れ込んだ小部屋であった。天井裏にへばりついて居ると。一人の老爺が入って来た。「お爺殿。」「ん。下がって居れ。」その時三次は異様な、今迄に体験した事の無い胴震いを感じた。下では老爺が独り、何やら薬師の真似事であろうか。見なれぬ薬草を砕いていた。「鼠かヤマネか。」老爺はぼそりと云った。三次は身動きがとれなかった。其の時廊下の遠い先から、荒々しい足音が響いてきた。するとがらりと戸が開くと、「申し上げます。」「…。」老爺は何とは無しに上を見たであろうか。(一体この先どうなるのか。三次談)

「老爺と鼠」その二

老爺はニタリ、と笑った。「如何なされました。」心配げな相手に「何、どうでも良い事じゃ。」何やら耳打ちすると、男は去って行った、三次には下の老爺が誰だか分っていた。駿府城の主であろう。漸く先程の胴震いが知れた。「鼠め。」「…」「降りては来れまい。」「…」「ふぁっはっ」「…」「どうやら儂を殺めに来たのではあるまい。此処は儂の隠居所じゃ。」「詰まらぬ事は考えず草々に去れ。」「間もなく儂は風呂に行く。」「儂の文机の上に菓子がある。鼠にやって取らす。」「…」「逃げるが勝ちじゃ。駿府の家来共も手強いぞ。ふぁっはっ」老爺はやがて去って行った。

真田廓.その二

「父上。」
「おお、そなたか。」
「…。」
「何じゃ、申して見よ。」
「此の、真田廓も既に、周囲は敵勢に包まれて居り申す。」
「うむ。怖じたか。やむないが。」
「いいえ。私は父上の子です。」
「そうか…。」
「敵など、恐れは致しませぬ。」
「では、聞こう。」
「ますらをとして生まれ、武士の子としてお育て戴きました。」
「うむ。」
父の眼を見つめて、
「敵中に居るも、只、今に生きる。今為すべき事をなす。」
「うむ。それで良い。生死は思案の外じゃ。」
「追いて参れ。」
「は。」荒れ野に突き出された出城の宿命は、
実に儚いものであった。

天下の名城と詠われた大阪城。
秀吉股肱の大名達が集まった。
「おめでとう。」「おめでとうござる。」「寒うござるの。」
長くて広い廊下に、今年も新春の陽光が差し込んでいた。
「豊臣家のお家来衆で武勇第一と云えば福島殿よのう。」
「いや、加藤殿じゃ。」「はっはっはっは。島津公じゃ。」
事が事だけに広間の内外が、その話題で喧しい限り、いずれも譲る素振りもない。
その時、片隅で寝転んで居た小柄な男が云った。
「大阪方で武勇第一は、ねねじゃ。」
「ほっ。なるほど。はっはっはっは。」
「はっはっは。そうじゃ、そうじゃ。」
周囲に歴戦の男達が居た。
皆、目を細めて笑った。
広い中庭の梅の花が、甘く芳しく匂った。
誰かが小声で云った。
「太閤殿は起きてござった。」
「此の豊家で、正面切って儂に物を云うのは
嬶殿だけじゃ。」
「はっはっはっは。」
「お仲が良ろしゅうござる。」
その時長い廊下の先から艶やかな衣に身を包んだ政所が、女中衆を従えてやって来た。
「嬶殿じゃ。」
太閤がそっと囁くと、和やかな笑いが広まった。
こんな明るい、年明けもきっと有った事でしょう。
青白い顔を心配そうに見せた
黒雲が重く垂れ込み、今にも一雨来そうな天気であった。城の高台から白い羽織を身に付けた。城主であろう人物が家来衆を数人従えて下って来た。城の裏手の広い馬場には、先程から奇妙な一団が控えて居た。日頃見慣れぬ南蛮人達であった。城主が見えると皆跪いて、敬意を表わした。城主は軽く頷いた。
「それでは、あの者達の申す通り…。」
「……。」黙って頷いた。
南蛮人のうち二人が、五尺程の黒金の筒を傾けると、何やら袋から取り出した火薬で有ろう粉末と弾丸を込め始め、いつもの手慣れた技らしく、さっと遠方の的をめがけ、構え始めた。頭目と思しき男が、号令をかけると、やがて火縄から火玉がぽとりと、すかさず“ががーん”と雷鳴のような大音声と共に、筒先から火を吹いた。堪らず肝を潰す者も居た。城主と云えば、一瞬も驚いた風を見せず、ややあって、にやりと笑った。
「見事じゃ。」やおら立ち上がると城内へ、何事も無かった様に引き上げて行った。「ノブナガサマノ…ゴキゲンハ?」
「悪ろう筈は無い。」供の者が答えた。
そして城主の居間では、
「何事でござりまする。」
奥方が青白い顔を心配そうに見せた。
「いや〜、肝を潰した。声も出なんだ。はっはっはっは。」
猛者中の猛者
此の冬の仙台城本丸はいつに無く、底冷えの厳しい年であった。「お目覚めでござりまするか。」「うむ。」國守政宗の寝間の襖がそっと開いた。家来の誰よりも早起きの政宗であった。病の時でも、決して見苦しく寝姿を、人に見せる様な男では無かった。「お早うござります。」「うむ。」小姓の笹丸が洗面一式を、捧げて入る。「氏家は居るか。」「ははっ。間もなく登城でございます。」「うむ。」一汁二菜の質素な朝餉に何の不満も有ろう筈も無い。「殿、何か羽織るが如何でしょう。」「おうっ。女子のそなたが気遣い嬉しいが、儂は、大阪や、朝鮮の戦場を駆け回った猛者中の猛者。何の宮城野の冬寒など…。」  「ほほほっ。近頃江戸では其の痩せ我慢を伊達の薄着とか申すそうで。」
「かっはっはっは。そりゃ、良い。」

安土城戯言集

早春の安土城は、ぴんと張り詰めた寒気の中、天守の瓦も明るく陽光に輝いていた。ぽとり。ざざーっと、滑り落ちる湿った雪の音に、蘭丸は思わず背筋に走る快感を覚えた。嗚呼、躯の内から迸るような春の?#92;感が、若者の感性をくすぐる。「蘭丸。如何致した。」「いえ。…はい。春なれば身中の虫めも。騒いで居ります。」「はっはっはっは。何の虫か。」「…肚の虫にござります。」「ふん。蘭丸らしくも無い。色気が無い。」「はっはっは。たわいもござらぬ、戯言でございます。」「…春よのう。」太守信長「さるは居たか。」「こちらに。」「甲斐の親爺は今どうして居るであろうか。」

窓を開け放つと、

歳の押し迫った安土の城に、ちらと、初雪が舞って居た。純白の雪が大好きだった信長は小姓らを従えて、七層の天守に登った。上に行く程に梯子は狭く、ギシギシと鳴った。「おおつ。」天守の窓を開け放つと、視界の届く限り、白一色に広がり、正に感無量だったのでございましょう。「……。」独りそっと頷きながら見渡して居ると。「殿。」「何じゃ。」「客でござります。」「…今頃。」ともあれ、目通りを許可した。「おお…。耶蘇教の坊主か。」其処に通されたのは布教師のポレロだった。「ノブナガサマ。ゴキゲンイカガデ。」「ふん。機嫌伺いか。」「其れは何じゃ。」「コレハ、クリスマスプレゼントデス。」「…。」通事が伝えた。「え、我が國の歳暮…の様なものかと。」その時遥か天の方から、何か音がしたそうな。「ん、あの鈴の音は、はて。」(嘘はいけませんぞ。ハイ…)

大阪城の真田廓に音も無く白いものが舞い降りて来ます。独り老武者が物思いに耽って居た。側には若い近従の者が太刀を手挟み、じっと控えて居た。冷え冷えと痛い程に凍え切った廊下の板敷きを、しずしずと訪う若者が居た。「父上。」父親と思しき顔が、うっすらと微笑みかけた。「おお、そなたか。何か…。」「はい。…いいえ。」「はっはっはっは。どちらじゃ。」若者はじっと考え込むと、「人の世は、儚いもの…。」老武者は若い者を巻き込んだ事を多少悔やんで居るのであろうか。「…。」察した若者は、「父上、真田廓で慰めに飼って居た鳶の一羽が、今朝方死んでしまい?#92;した。」「む。鳥も人もいつかは果てる。」「はい。」「人は果てても、名は残る。」「はい。」「しかし、何れは後の世の者とて忘却いたすもの。」「…。」「名も何れは消えるが、心は残る。」「そなたの赤誠の志は…未来永劫残るであろう。」「はい。」しんしんと冷え込む大阪であった。

はげねずみではござらぬ

「はげねずみではござらぬが、」公は悪戯っぽくTにやりUと笑った「どうした。」男は真面目な顔で「なにやら鳴き声が致すそうな。」煥発「誰じゃ、申してみよ。儂の此の安土の城で、そこな面妖な噂等、面白がり居って。」「お待ちを。」じっと城主の顔を見つめながら、「善八郎でござる。きゃつが、七層の広間で見張りをして居ると、屏風絵の陰から聞こえたそうな。」「ぷふぁっつ。」等々公も堪えられず失笑してしまった。「まあ、良い。明日夜、見に行こうではないか。」「殿、お止しになさりませ。」「姫も行くか。」奥方は身震いをして「ご遠慮申します」「はっはっはっはっはっは。余興じゃ。」

醒めた
宵の内は穏やかな風も次第に肌寒くなって来た安土城も、やがてとっぷりと暮れて、山陰から剃刀の様な細みの月が昇って来た。「おい。」「何じゃい。権エ門。」「聞いたかやい。」「だから何のこっちゃ。」「今夜、殿さんが…。」「ふんふん。」「真面目に聞いとるのかい。」「おりゃ、いつも真面目よ。」「うん、何でも天守の広間に肝試しじゃそうな。」「ふん。あのお殿さんなら、何にも恐ろしいこたぁ無いじゃろう。」「そうか。何じゃ詰まらん。」巨大な城の空間が一瞬どよめいた。「おうっ。儂一人で良い。」「殿手柄の一人占めはいかん。」「何が手柄じゃ。」「儂が自分の城の中を、どう歩こうが儂の勝手じゃ。」「まあ、そう仰らず此の藤吉郎めにお任せを。」「さる、余計な事を。」「勝家どの、貴殿が参れば、妖怪共が肝を潰して、皆して出て来よらん。」「はっはっはっは。こいつら奴。何か詰らん気分になって来た。」急に興味が醒めたのは他ならぬ信長公であった。

五百一夜も最早四百になんなんと成りますが、この辺りの話が“らしい”かと…思います。

安土の城が深い夜闇に沈む頃、城主信長公はふと、眼を醒ました。
昼間あんなに賑やかな安土城も、夜ともなれば耳がおかしくなる程な沈黙の世界であった。時々当直の見張りの合間、篝火に集まる虫共の羽音が耳に心地よい。
独り起き出す主人に、小姓の蘭丸が寄り添った。
「何処ぞへ御用でございまするか。」すると信長は子供の様に邪気の無い笑みを、照れくさそうに浮かべた。「はっはっはっはっは。儂も童の時の性が抜けんらしい。」「天守へ肝試し…?」「いや、物見じゃ。物好きじゃ。」「お供つかまりましょう。」城主も敢えて其れには口を挟まなかった。天守の梯子はギシギシ音を立て、寝ずの見張りの者が突然の城主の気紛れに驚いたものであったろう。

のう、媛

天下の名城『安土城』と云えば信長公。それは秋の良く晴れ渡った日であった。安土の天守第七層の窓から、城下の街並が明るい日射しを浴びて、光っているのが見えた。今日は珍しく客も無く、長閑な一日であった。窓から身を乗り出して眺める信長の手に、真白な鷹が舞い降りた。純白の羽が蒼い空にぱっと散った。「おおっ、来たか。」近くで鷹匠が何気なく観ていると、公のお気に入りの鷹ではあったが、何を間違ったか、手の上にそそうをした。それを観ていた鷹匠は驚いた。しかし、「おっほう。中々元気が良いわい。蘭丸手ぬぐいをもて。」云われる迄もなく、既に蘭丸は懐中の手ぬぐいを差し上げた。その時居合わせたお伽衆の物部荘平は、思わず怪訝な素振りを見せてしまった。流石、信長公は気が付いた。「鳴かぬなら、殺してしまえ時鳥。…はは、誰ぞ。このような戯けた歌など儂が作るものか。その方、儂が手の上にそそうをした鷹を殺すと見たか。」「はっ、いいえ。」「この儂とて無闇に殺生する訳もない。」「鷹は猟に役立てば良い。糞をするのは当たり前じゃ。」「のう、媛」「ほほ、殿。荘平殿も驚かれておる。」

「殿、足元が危うござる。」信長公は蘭丸をちら、と見ると「馬鹿を云え、織田の城主は百戦錬磨。足元が暗いが、どうした事ぞ。」「これは、これは。御無礼を申し上げました。」「我が城内で転んだと知ったら、天下の笑い者じゃ。」「ご尤も。」「さーて此の辺りか。」「其の様で…彼処でござりましょう。金屏風の…」「うむ、鳳凰の舞いじゃな。」「こうして手燭で見もうすと、生々しいものでござる。」その時、目の前の金屏風から、黄金色の光がさぁっと、射して来た。「むむっ。面妖な。蘭丸、太刀を渡せ。」蘭丸は無言で脇差しを渡した。物陰に投げ付けた公の脇差しは、吸い込まれる様に、物陰に潜む何物かを突き抜けた。手応えがあった。“ご〜っ。”と凄まじい、呻き声がした。「逃したか。」転々と血痕を追うて行くと、其れは天守の屋根裏に続いた。「明日にせよ。」突然の騒ぎに飛び出した家来衆を征する信長公は、やがて自室に戻った。殊の外満足気に伺えた。

聞かない方がよろしゅうございます

「何ですかい。」「先夜の安土のお城の怪しき噂話しの事ですかい。」「ああ、あの顛末がお気に入らないと…。」「あれは又、聞かない方がよろしゅうございます。」「ええ、どうしてもお聞きになりたい…。」「あの晩信長公のの投げ付けた脇差しは、確かに手応えが有りもうしたそうな。」「城内の長い廊下の血痕を辿って行くと、安土の天守の屋根裏へ…。」「ああ、そこ迄はご存知で。実は…」「実は、手前も其処迄しか存じませんので。」「だから申しました。聞かない方が…。」「まあ、お怒りにならないで、きっと安土の城に棲み付いたTむじなUか
TももんがUの類いでござりましょう。まあ、まあ。未だ怒ってらっしゃる。」「信長公もその後は余り、件の話に特別のご興味も、お有りにならない様で。」

七里が浜の磯づたい

文永二年六月半ば、鎌倉の七里が浜は波が高かった。季節は盛夏を前にして、人々の楽しみの一つ、浜遊びが盛んであった。どどっー、と寄せては返す怒濤は、人々の心を不思議な快感と、海の民の本能をくすぐり郷愁を誘うのであろうか。「おーいっ。いたか。」「沢山おりまする。」「いたたっ。」「はっ、蟹に挟まれたか。」真青な空の下、海の照り返しを受けて、浜辺に遊ぶ海の子ら。最前からそれをじっと見つめる少年に、「若、行きなされ。」十一、二歳位であろう、武家の子息らしい少年は、そっと初老の武士の顔を見上げると、目で「良いのかと」尋ねた。武士の頷くのを確認するや、嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。「爺は何も見ては居りませんぞ。」少年はパッと着物を脱ぎ捨てると褌一つになるや、波打ち際まで駆けていった。「宜しいのでしょうか。」付き人の下級武士であろうか、心配そうに語った。「なぁに。未だお若い。少し位は外さないと人間、せせこましくなる。若には、大らかにお育ちして欲しい。」一時ばかり少年を遊ばせると、守役の市村は、お付きの若い者に呼ばわせた。ずぶ濡れの少年の体を拭い、身なりを整えさせた。波打ち際から松林の中へ入ると、木立を縫って流れてくる冷気が心地良い。「若、どうぞ。」「ありがとう。」竹の水筒を受け取り、近くの井戸から汲み上げた水を、ぐいっと旨そうに飲むと、一息ついた様だった。着替えると一人前に武家の子息の顔に戻っていた。「お若い人は好いですなぁ。」「ははは、爺も浜遊びをすれば良いのに。」「そうですな、今度御一緒致しますか。はっは。」暑さの盛りであるが、邸宅へ帰る足取りも軽い少年であった。

「その後の九郎話」五条の夢
えぴそーど3
晩秋の陸奥もそろそろ雪の便りを耳にする時節となって来た。
山間から鳶の寂し気な笛の音が聞こえて来る。
「お寂しいですか。」
「何の話かの。」
「京のお山を離れて久しゅうございます。」
「はっはっ。なんの、そなたが居るではないか。」
「嘘おっしゃい。顔に書いてございます。」
「……。」
「申し訳ございませぬ。心無い事を。」
「なんの、そなたのせいではない。世の中、人の世のうつろい、
侘びしいものじゃ。」
「はい。弁慶殿も申して居りました。」
「軍務を離れ、天性の戦上手も
多くの家来共と離れ離れ。…お労しい」
「泣くな。身の不徳故…。」
云うべき言葉を無くす二人であった。
秋の日の肌寒さが、心を重くするのであろうか。
えぴそーど5
「弁慶。何を思い出して居る。」
「牛若殿を思い出して居り申した。」
「何、牛若。」
懐かしい名を聞いて、思わず苦笑を浮かべた義経であった。
「あの儂が生きてる姿か。はたまた、此の儂が真に生きて居る姿か。」
「どちらもでござりましょう。
人の生きる姿は一様に在らず。
修羅も在れば、浄土も又在り申す。
殿、悔いてござるか。」
「いや。悔いてなど居らぬ。」
「しかし、時は変わった。
もう、あのような時代は来ぬであろう。
まるでお伽草子の様じゃ。」
「何がでござる。」
「五条の橋の技競べじゃ。ふふ。」
「御意。」

「その後の九郎話」五条の夢

えぴそーど.01
「如何なされた主殿。」
旧い思い出から醒めると、底抜けに明るい弁慶の笑顔が眼に入った。
古い農家の屋敷を譲り受けた主従であった。
居間の炉を囲って外に降る氷雨の音を聞きながら、
ふと懐かしい想い出の世界に微睡んでいたのであろうか。
隣の部屋からは嬰児の泣き声が聞こえた。
「ふん、弁慶何をして居る。」
先程から大きな身体を丸くして、時折微睡む主を見ながら、
頻りに木片を削って居た。
「さて、何でござろうかな。」
「器用なものじゃのう。」
「ほうれ。ここをこうすると。」
「何じゃ、木仏か。」
「それは昔取った杵柄。木仏もよう彫った。」
「しかし、これはじゃ。赤子殿の慰みじゃ。」
「ほう。それは良う気の回る事じゃ。」

仙臺城主の休息の間は、昨夜来の豪雨が雨戸を叩き続け、一時も鳴り止まなかった。
「う〜む。」
「お目覚めでござりますか。」
「うむ。」
「手水の用意を…」
脇に侍す竹丸の声に、
「ああ…」
「又、奴めが…。」
「は…。」
「桃生の暴れ馬じゃ。」
「ははぁ、氾濫の事で」
「そうよ。」
「では、朝餉の支度が」
「うむ。」
「川村はどうした。」
「川村様は、登城のご予定で。」
「よし。なんとかしなければ。伊達の敵は関ヶ原にも大阪にも最早居らぬと見ゆる。」
藩主の苦悩は絶ゆる事は永遠に無いのであろうか。
「太閤どのも、葵どのも、桃生の暴れ馬ほど難儀な相手ではなかった。語れば気心も知れる。」
朝餉の合間にも悩みは尽きぬらしい。
間もなく伊達家の治水工事方を一手に任されて居る川村孫兵が登城したらしい。
「おお、来たか。」
藩主にとって何よりも嬉しい頼みの綱らしい。
「ただ今、孫兵参りました。お久しゅう…。」 
晩年も一時の休む間の無い城主の心を知る有難い人材であった。

王は黙って頷いた

独逸の黒の森の一番奥に、高い岩山が聳え、その麓に樹海に囲まれた大きな城が有りました。何と云う名前の王様でしたか、とても恐そうな王様でした。「ブルーメを呼べ。」「はい。」暗い王の間に沢山の娘達の中から末娘のブルーメが呼び出された。「いよいよお前の番だぞ。」「はい、お父様。でも外は未だ冬。寒うございます。」すると王は厳しい顔をされて「儂の娘に我侭は許されないぞ。」「はい、お父様。」覚悟を決めた王女ブルーメは悲しそうにしながら、部屋を出て行った。すると召し使いの一人が「王女様、支度が出来ております。」もう一人の召し使いが、うやうやしく一本の鞭を差し出すと、王女は城の中庭に出て行きました。中庭には全身浅黒く、とても逞しい二頭立ての馬車が王女を待っていました。テラスの上では、王と妃が娘の出立を待って居ます。王女は二人に向かって「お父様、お母さま。では行って参ります。」王は黙って頷いた。やがて王女は馬に向かって「ぴしり。」と鞭を当てると、馬車は颯爽と走り出した。馬車は風の様に王城を出ると、あっと云う間に黒の森を抜け出し、郊外の村々や街々を駆け巡った。すると突然「ごうっ」と生暖かい風が吹き、山も川も、野も街も、暗い帳が開けた様に陽春の光りに包まれるのでした。王女は馬を走らせながら、背に負うた袋から草花の種を撒始めました。人々は重い窓を開け、外へ出かけ喜び会いました。皆街の広場で唄い踊っています。「春だよ。」「春が来たんだね。」「冬将軍の娘さ。」

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