しきしま 高潔の人々

浜遊び

文永二年六月半ば、鎌倉の七里が浜は波が高かった。                   季節は盛夏を前にして、人々の楽しみの一つ、浜遊びが盛んであった。           どどっー、と寄せては返す怒濤は、人々の心を不思議な快感と、              海の民の本能をくすぐり郷愁を誘うのであろうか。                   「おーいっ。いたか。」                               「沢山おりまする。」                                「いたたっ。」                                   「はっ、蟹に挟まれたか。」                              真青な空の下、海の照り返しを受けて、浜辺に遊ぶ海の子ら。               最前からそれをじっと見つめる少年に、                       「若、行きなされ。」                                 十一、二歳位であろう、武家の子息らしい少年は、そっと初老の武士の顔を見上げると、   目で「良いのかと」尋ねた。                              武士の頷くのを確認するや、嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。             「爺は何も見ては居りませんぞ。」                           少年はパッと着物を脱ぎ捨てると褌一つになるや、波打ち際まで駆けていった。      「宜しいのでしょうか。」                               付き人の下級武士であろうか、心配そうに語った。                   「なぁに。未だお若い。少し位は外さないと人間、せせこましくなる。           若には、大らかにお育ちして欲しい。」                         一時ばかり少年を遊ばせると、守役の市村は、お付きの若い者に呼ばわせた。        ずぶ濡れの少年の体を拭い、身なりを整えさせた。波打ち際から松林の中へ入ると、     木立を縫って流れてくる冷気が心地良い。                       「若、どうぞ。」                                   「ありがとう。」                                   竹の水筒を受け取り、近くの井戸から汲み上げた水を、ぐいっと旨そうに飲むと、      一息ついた様だった。                                 着替えると一人前に武家の子息の顔に戻っていた。                   「お若い人は好いですなぁ。」                             「ははは、爺も浜遊びをすれば良いのに。」                       「そうですな、今度御一緒致しますか。はっは。」                    暑さの盛りであるが、邸宅へ帰る足取りも軽い少年であった。

のどかな田舎街であろうか

此処は朝鮮半島の、のどかな田舎街であろうか。                      人々は散策を楽しんだり、田畑では多くの農民が作物の収穫に、汗して働いていた。     家々では女達が愛する子供らの帰りを、炊事片手間に待っていた。             その時、街外れの県境辺りを一騎の騎馬兵が死に物狂いで駆けていた。           すると地平の彼方から一筋の暗雲が立ちこめ始めて来た。                 しかし其れは雲では無く一塵の砂荒らしであった。                    大きな渦を生じると、巨大な竜巻きとなって荒れ狂った。                 その竜巻きはやがて沢山の騎馬兵の群れに変貌した。                   此れがあの元の大騎馬軍団なのであろうか。                       騎馬軍団の頭目が何か獣の様な叫び声を上げると、                    彼等は馬を走らせながら、一斉に弓を射始めた。                     矢はまるで夕立ちの雨の如く、先を駆ける孤独の騎馬兵に、ばらばらっと降り注いだ。    男は矢の雨を刀で、右に左に振り払った。                        只管目前の街を目指す彼だが、到頭一本の矢が左肩に突き刺さった。            この矢は実は毒矢だったらしく、次第に彼は躯が痺れて動かなくなって来た。        その時、彼方の街の方面から、銅鑼や鐘を打鳴らしながら、                孤独な彼の援軍が二百騎程やって来た。                         しかし、地平を埋め尽くす程の大軍には、抗し切れず次々と倒れて行った。         毒矢を射掛けられた兵は、馬の鞍の上に伏し瀕死の侭に街に辿り着いた。          街の役人が駆け付け、最後の報告を告げると兵士は息を引き取った。            時は既に遅く街は争乱状態に陥り、怒濤の如く沢山の敵兵が侵入し、乱暴狼藉、       温和な住人達を蹂躙し、殺戮し尽くした。
昨日までは豊かな国、平和な田園地帯も、瞬く間に阿鼻叫喚の巷となった。         しかし、事は此れで終わりはしなかった。                         隣の郡の或る街では、いち早く悲報を聞き付けた、郡の長は兵を募った。        「男共よ、いざ起て。共に立ち上がらん。                        此の国を守り、此の郡、この村を共に守らん。                      我に続け、勇気、そして、義と愛を胸に。」                       彼方此方の村々から鍬を置き鋤きをすて、男達が駆て来る。                街角の長の館の前で、義勇軍の旗上げが始まった。                    多くの老若男女が集い、その手に、手に狩猟用の弓やら剣、                そしてこん棒を引っ下げて、老長老の言葉に耳を傾けた。                 早くも街外れに敵襲を知らせる鐘が鳴りはじめた。                    山野を越えて田畑に襲い掛かる“うんか”の大軍の様に、怒濤の騎馬軍団が押し寄せて来た。「皆の者、恐れるな。妻子を守れ、我に続け。」                     「うおーっ。」俄仕立ての軍は動き出した。

丘の上から

誇り高い領主も居れば、領民は各々気概に富んで居た。
今日も朝から厳しい暑さであった。
はためく、吹き流しで風を読み、男たちは今日の漁を占っていた。
そんな浜の活気を、小高い丘の上から、上機嫌で見下ろして居た此の島の長の許に、     使いがやって来た。                                  急を告げる文に、何やら遠くを見つめると、厳しい眼差しでじっと考え込んでいた。
「父上、先程本土から、使いが来た様でございましたが。」                「……。」「ご心配事でございまするか。」                       「…。あとで話す。」                                「はいっ。」正に風雲急を告げるであろう。
島の奥の高台にある砦と思しき小城は急に活気を帯びて来た。

此の島には元々、和冦と云う誇り高い海賊の民が棲んでいた。               遥か波頭を乗り越えて、遠く唐國まで遠征しては、人々を震えあがらせていた。       豪族と云えば異色な存在であった。北欧はノルウエーのバイキングの様なものであろう。   そんな先祖を持つこの一族には、軈て大変な運命が待ち受けて居た。

其の時遥か彼方に、

其の時洋上遥か彼方に、異様な光景が展開して居た。                   深い碧緑の海原に、真砂を敷き詰めたような大小の船が、頻りに日出ずる国を目指し、    波頭を越えてやって来ると云う現実であった。                      其れが何を意味する事かは未だ誰も判っては居なかった。                 我が国日本では鳳莱思想と云うものが有ったらしい。                   海は竜宮の国であり、神聖なものの一つであった。                    海は色々な恵みを我が国に齎す。                            黒潮、親潮に洗われ、海の彼方から、何か神聖なる物がやって来る。            そんな考えが日本人にはあるらしい。                          しかし、選りに選って、こんな災いがやって来ると誰が想像出来たであろう。        大小の船は、大陸からやって来た。                           蒙古の襲来其の物であった。
そんな事とは露も知らない島の男達は、其の日も遠く外洋に乗り出して居た。       「おい、大の字」半裸の大の字とやらは、見張り台の男を見上げて             「海坊主でも見つけたか。」                             「はっはっはっはっは。」周囲の男連中は大笑いだった。                 その反応に肚を立てた男は
「馬鹿野郎。そんな事より何じゃあの妙な物は。」                    その真剣さに思わず男共は甲板上に起き上がった。                    (鳳莱:昔の神仙思想で説かれる想像上の仙境。                     東方の海上にあって、仙人が住む、不老不死の地と信じられた。              蓬莱山。蓬莱島。よもぎがしま。/富士山・熊野山など霊山の異名。             /熱田神宮の異名。/台湾の異名。)

此処に有り

りーりーりー
草木の陰で、何事も無かったような虫のすだく音が聞こえる。
白い光を受けて、大地は明るく輝く。
先程まで地上は狂乱の巷であった。
本土から離れた孤島は予期もせぬ、
蹂躙をうけ、
誇り高き一族滅亡の危機を避け得なかった。
「おおーいっ。あれは何事じゃ。」
海上を駆ける異国の軍船の群れに、島の漁師も、海賊の子孫、               また現役も、郷士も一様であった。
「この危急の事態に島の統治者に早船は走った。」
「是はエライ事じゃ。」
「御館さま。至急…」
「何事じゃ。」
「……。」「……。」
「事態を聞いて、若い統治者は、先日の本土からの使者の話を思い出した。」
「鐘を…。」
大急ぎで浜に出て仰天した。
「むむっ。」
入り江も外海も水平線の彼方迄…。
「是は又…。」もう、為す術も無い筈であったが、
島の統治者、宗の総帥として、末代まで誇り高き生きざま、死に様を世に示す時ぞ。
もう、部下に語る言葉は無い。                             「かかれっ。」誇り高い和冦の子孫、海賊の末裔として…                 「おおおうっつ。」或者は愛馬の上で、或者は小舟の上で、                打ち寄せる波間で、もののふの、生涯を閉じた。                    「無念じゃ。」                                    「いや、是が儂の生き様。」
宗一族此処に有り。

人は何の為に生き、死するのであろうか。我が肉を生かせば、魂は死す。我が肉死すれば、魂は生きる。其のような極限状態が民族を、死滅から守って来たのであろう。生命尊重も素晴らしい。しかし、我が生きる為に、多くの同胞を省みない事は、何処の国たみで有ろうと、見苦しき事と思える。だが此の様な価値観は風化し始めて居る。肉体の生命が生き続けても、魂が死んでも良いのか。是が故三島由紀夫氏の心情と覚える。
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